有価証券報告書-第24期(平成31年4月1日-令和2年3月31日)

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2020/06/29 15:00
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事業内容

当社の主たる事業目的は、日本発のナノテクノロジーを応用したミセル化ナノ粒子をコア技術として、主にがん領域において新しい医薬品を生み出し、社会に貢献することです。
(1)当社設立の経緯
当社は、東京大学の片岡一則教授(現 当社取締役)、東京女子医科大学の岡野光夫教授(現 当社取締役)らが発明したミセル化ナノ粒子技術による医薬品の開発を目的に、1996年6月に設立されました。
同教授らは、医薬品を封入したミセル化ナノ粒子が静脈内投与された場合、血中に薬物が長時間循環することができ、効果が持続する薬物キャリア(*1)となり得ることと、がん組織等の病変部へ集積(標的化)することを示しました。
当社では、同技術を利用した医薬品の実用化によって、従来の薬物療法より有効性と安全性が高まれば、これまで期待する効果が得られなかったがん等の難治性疾患の薬物療法をより有効にすることができると考えており、今後もミセル化ナノ粒子(高分子ミセル)(*2)技術のパイオニアとして同技術のポテンシャルを最大限に活かした製品開発を目指すとともに、当面は社会的ニーズと貢献度の高い抗がん剤事業に特化したグローバル展開を行っております。
(2)当社技術の特長
当社のコア技術であるミセル化ナノ粒子は、水に溶けやすい性質を示すポリエチレングリコール(PEG)からなる親水性ポリマーと水に溶けにくい性質を示すポリアミノ酸からなる疎水性ポリマーを分子レベルで結合させたブロックコポリマー(*3)から構成されます。
ブロックコポリマーを水中で拡散すると、外側が親水性で内側が疎水性という明確な二層構造を有する20~100ナノメートル(nm)(*4)サイズの球状の集合体であるミセルを形成します。このミセルの疎水性内核部分に薬物や生理活性物質を封入することができます。アミノ酸の種類や構造を化学的に変化させることで様々な化合物に対応が可能です。表面をPEGが覆うことで血液中での安定性を確保します。
ミセル化ナノ粒子を応用した医薬品開発の新薬開発上のメリットとしては、ミセル化ナノ粒子内からの薬物放出をコントロールすることで、副作用を引き起こす濃度以下に調整し安全性を高めるアプローチや、投与後の消失の速い薬物などの血中持続性を高めるアプローチ、腫瘍などへの薬物の移行量を増やすことで効果を高めるアプローチなどが期待できます。
ミセル化ナノ粒子を利用した抗がん剤開発の患者に期待されるメリットとしては、患者の生存期間の延長やがん関連症状の緩和へつながる治療効果の増大、安全性の向上(=副作用の軽減)、簡便な投与で通院治療が可能になるなどの負担軽減、日帰り治療の可能性などから医療費削減など、患者のQOL(*5)の向上を目指します。
<ミセル化ナノ粒子のサイズ>(当社作成)
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<ミセル化ナノ粒子の一例>0101010_002.png
(3)当社の事業展開
① ビジネスモデルとその収益について
当社は、ミセル化ナノ粒子技術を特許等の知的財産として所有しており、ナノテクノロジーを応用した製造技術を基盤に創薬の研究開発を進め、事業化を行っております。当社では、有用性(有効性、安全性)を向上させた、医療ニーズに応える新規医薬品の開発、提供を目指しており、パイプラインの研究・開発を進めて製品化に到達するために、事業段階に応じた展開を図っております。
当社の現状のビジネスモデルは、ミセル化ナノ粒子技術を基盤とした(ⅰ)自社開発、(ⅱ)共同研究開発、(ⅲ)ライセンスアウトに加え、他社からの(ⅳ)ライセンスインの4つの形態をとっております。それぞれの内容は以下のとおりです。
(ⅰ)自社開発
開発医薬品の上市又は臨床開発後期段階まで自社開発を推進することにより、製品付加価値が上がり、より大きな収入を確保することができます。しかしながら、これには多額の費用と人員を要することから、下述(ⅱ)の共同研究開発、(ⅲ)のライセンスアウトへ移行することも選択肢となります。
(ⅱ)共同研究開発
当社のミセル化ナノ粒子技術に興味を示した提携先とミセル製剤化に関する共同研究契約を締結する場合もあります。
この場合、提携先が所有する活性成分又は開発可能な活性成分を当社のミセル化ナノ粒子技術に応用し、新規医薬品として開発を進めます。フィージビリティスタディ段階からさらに先に進め、共同研究開発契約やライセンスアウトに進展することを目指しております。
(ⅲ)ライセンスアウト
(ⅰ)の自社開発又は(ⅱ)の共同研究開発の事業形態においては、研究開発の経過段階で、ライセンスアウトを行います。この場合は、ライセンス契約時点までの知的財産権を含む研究開発成果及び製造権の実施許諾に対する契約一時金(アップフロント)、所定の開発段階に到達したときに支払われるマイルストーン収入、医薬品上市後の販売高に対するロイヤリティ収入や製剤供給収入等が計上されることになります。
ライセンス契約による提携は、当社が保有する特許権及びノウハウについての実施許諾、さらに当社が独占的な実施権を有する特許権の再実施許諾がベースになります。ライセンス契約後の研究開発等の経費は提携先が負担することになり、当社の開発コスト及び開発リスクが軽減されます。
(ⅳ)ライセンスイン
(ⅲ)のライセンスアウトとは逆に、ミセル化ナノ粒子技術以外の他社が保有する有望な技術やパイプラインを導入し、当社が開発を行います。この場合は、当社が医薬品の承認・販売まで行うことで多額の販売収入を計上することになりますが、ライセンス元に対して当社がアップフロント、マイルストーン、販売高に対するロイヤリティや製剤供給費用を支払うことになります。よって、一定の開発段階や承認後の販売段階で(ⅲ)のライセンスアウトに移行することも選択肢となります。
ライセンスインについては、開発後期段階の有望な医薬品候補を導入するため一定の費用が発生しますが、初期段階から開発を行うよりも短期間での上市が期待できるため、当社の収益の安定化に寄与するものと考えております。
各ビジネスモデルの収益については、医薬品の上市まで自社開発を行い、自社販売を行った場合、当該製品の販売による収入が計上されることとなりますが、当社においてはその段階まで進んでいるパイプラインはありません。
共同研究開発の場合には、提携先からの研究開発に対する製剤技術及びノウハウの開示による対価並びにミセル原薬及び製剤の供給収入が計上されることとなり、当社においては複数のパイプラインで当該収入を得てまいりました。
他社にライセンスアウトをする場合は、ライセンス契約時点までの研究開発成果に対する対価及び製剤の供給に対して提携時の契約一時金、所定の開発段階に到達したときに支払われるマイルストーン収入、開発医薬品上市後の医薬品販売高に対するロイヤリティ等の収入が計上されることになり、当社においては契約一時金や臨床試験開始に伴うマイルストーン収入を得ているパイプラインがあります。
当社では、開発医薬品の上市前に上述のような他社からの契約一時金収入、マイルストーン収入及び研究開発用の製剤供給に対する対価を得ることにより、開発医薬品上市前の研究開発費の負担を軽減し、財務面のリスクの極小化を図っております。
② 抗がん剤への特化について
抗がん剤の発見と開発の分野は製薬業界の研究開発の中でも最も活発な分野のひとつであり、近年開発が進められている新薬のなかでも、抗がん剤の占める割合は高いものの、未だ製品の改良や新規開発領域の残された分野でもあります。抗がん剤の中には、世界中の医療現場で汎用されながらも、薬物自体及び製剤化のために添加されている溶解剤による副作用が問題となっているものが多数あります。その中から当社は、タキサン系、白金系及びアントラサイクリン系の抗がん剤を選び、ミセル化ナノ粒子医薬品の開発を行っております。また、がん組織への選択性を高めるために、がん標的性のある抗体(*6)などをミセル化ナノ粒子の表面に結合させ、がん細胞への特異的な集積(アクティブターゲティング)(*7)を狙った次世代の抗がん剤を研究・開発しております。
③ その他領域における開発と販売について
ミセル化ナノ粒子技術を応用した化粧品開発を行い、株式会社アルビオンとの共同開発に基づき、同社より販売中の化粧品原料を供給するとともに、同社との共同開発品であるスカルプトータルケア製品事業を共同で推進しております。
抗がん剤以外での早期収益化に向けた他技術の取り込みによる後期ステージパイプラインの拡充にも注力しており、セオリアファーマ株式会社との間で耳鼻咽喉科領域における医薬品の共同開発を行っております。
④ 研究機関及び提携企業との連携について
当社は、大学発の研究成果(シーズ)を医薬品として実用化するために、大学又は研究機関から知的財産権のライセンスイン(独占的実施許諾権の獲得)及びこれら研究機関との共同研究を行っております。一方、上記のライセンスインをした知的財産権や共同研究の成果を提携企業に対してライセンスアウトする場合があります。また、これらの知的財産権や成果に基づき提携企業と共同開発を実施する場合もあります。それらの提携関係は下図のとおりです。
0101010_003.png(当社作成)
⑤ 製造について
当社は自社開発医薬品、提携企業との共同開発医薬品にかかわらず、原則として自社が所有又は独占的実施権を有する特許やノウハウを利用して製品(ミセル原薬及びその中間体又は最終製剤)の製造を自社で行うことを目標としております。しかしながら、自社工場を所有することはその投資の大きさ、固定費の増加等から現状では現実的ではないと考えており、既に設備を保有し、GMP(*8)基準を満たしている医薬品製造受託企業との間で製品の製造委託契約を交わし、製品製造を委託しております。但し、委託製造といっても、全面的な委託ではなく、当社による原料供給、技術提供及び製造管理を行っており、原材料の受け入れから最終製品の品質保証まで当社が行っております。
⑥ 医薬品開発の流れ
医薬品を研究・開発する標準的な段階は以下のとおりであり、日本製薬工業協会資料を参考に表示しております。この開発段階は日米欧でほぼ共通となっております。
<医薬品開発の流れ>0101010_004.png
<各事業ステージの内容>
ステージ内容
基礎試験合成目標とするミセル化ナノ粒子を形成するポリマーの合成、ミセル化ナノ粒子の製造及び製剤化
評価試験
(in vitro・in vivo)
製剤の有効性及び安全性を試験管内などの人工的な条件下で確認する試験(in vitro試験)
製剤の有効性及び毒性を動物を用いて予備的に確認する試験(in vivo試験)
非臨床・臨床試験非臨床試験実験動物を用いて、有効性及び安全性を確認する試験
臨床試験以下の各相があります。
第Ⅰ相臨床試験(PⅠ):
少数健康成人(但しがんの場合は患者)を対象にして、安全性及び薬物動態を確認する試験
第Ⅱ相臨床試験(PⅡ):
少数の患者を対象にして、有効性、安全性及び用法・用量を確認する試験
第Ⅲ相臨床試験(PⅢ):
多数の患者を対象にして、標準治療との比較により有効性及び安全性を確認する試験
製造販売承認の申請・承認新薬承認各国の審査機関による新薬の審査・承認

⑦ 当社の主要パイプラインについて
本書提出日現在、当社が研究開発を進めている主要パイプラインは以下のとおりです。
(ⅰ)シスプラチンミセル(NC-6004)
シスプラチンは、その有効性により各領域のがん化学療法の中心的薬剤となっています。その一方でシスプラチンの腎機能障害、神経障害や催吐作用が極めて強いため、がん患者にとって苦痛度が高く、さらに投与の際には長時間にわたる大量の輸液が必要なことから、患者の生活の質(QOL)を著しく低下させています。
当社は、シスプラチンが持つこれらの副作用を軽減し、かつ抗腫瘍効果の増強も期待できる新薬を目指し、ミセル化ナノ粒子を応用した新規化合物シスプラチンミセル(NC-6004)を開発しています。
(ⅱ)エピルビシンミセル(NC-6300)
エピルビシンは、乳がん、卵巣がん、胃がんなどの適応症で世界的に普及しているアントラサイクリン系抗がん剤ですが、投与を重ねると心臓疾患を引き起こすので、その使用が制限されています。
当社は、その副作用を軽減するために細胞内のpH変化に応答して薬物を効果的に放出するシステムを開発しています。細胞内に薬物が結合したミセル化ナノ粒子素材(ブロックコポリマー)が取り込まれる際に、エンドソームと呼ばれる細胞膜が陥没して形成される小胞に取り込まれると考えられています。エンドソーム内のpHは酸性であることが知られており、このpHの低下により薬物とブロックコポリマーの結合が外れて、薬物が放出される作用機序を利用し、時限的かつ急激に薬物をがん細胞内に放出する効果が期待されます。
(ⅲ)VB-111
Vascular Biogenics Ltd.(イスラエル)からライセンスを受けた遺伝子治療製品です。当社のミセル化ナノ粒子製剤は、腫瘍細胞を標的にした治療薬を目指しているのに対し、VB-111は腫瘍血管を標的としてがんを兵糧攻めにするとともに、腫瘍免疫を惹起する効果が期待されます。ミセル化ナノ粒子とは異なるメカニズムによる治療製品をパイプラインに持つことで、がん領域における当社の選択肢が拡がり、当社の将来的な経営基盤強化に資するものと考えております。
(ⅳ)ENT103
セオリアファーマ株式会社との共同開発パイプラインです。同社が有する中耳炎を対象疾患とした抗菌点耳薬であり、抗菌活性物質濃度は従来品の10倍程度あり、高い有効性が期待されるとともに、短期間で製造販売承認を取得することも期待されます。
(ⅴ)パクリタキセルミセル(NK105)
パクリタキセル(タキソール®)は乳がん、卵巣がん、肺がん、胃がんなどの適応症で世界的に普及している抗がん剤ですが、水に溶けにくいため、製剤には特殊な溶媒が使用されております。その溶媒による副作用が生じることがあり、投与時に副作用軽減のための補助薬剤(ステロイド剤、抗ヒスタミン剤及び抗潰瘍剤)を投与するなど医療現場での使いにくさがあります。当社はミセル化ナノ粒子技術を応用することにより、パクリタキセルを封入したミセル化ナノ粒子を開発しました。
現在、ライセンスアウト先である日本化薬株式会社において開発が進められております。
⑧ 次世代パイプライン候補について
上述の臨床開発段階又は臨床試験計画中の主要パイプラインに続く次世代のパイプライン候補として、以下の研究開発を推進しております。
ADCM(センサー結合型ミセル)
ADCM(Antibody/Drug-Conjugated Micelle)は、アクティブターゲティングを可能とする次世代型プラットフォーム技術で、世界的に開発が活発化している抗体医薬ADC(Antibody Drug Conjugate:抗体薬物複合体)の課題を補う次世代型DDS技術です。標的細胞を狙ったターゲティング療法であるADCMは、がん細胞に現れる特異的な抗原を認識する抗体をミセル化ナノ粒子表面に結合し、標的細胞への選択性を高めることができます。抗体と薬物が結合した従来のミサイル療法より多くの薬物を標的細胞に届けることができるため、高い効果と副作用の軽減が期待されております。
用語解説
(*1) 薬物キャリア
薬物を封入するなどして、組織へ送達するためのシステムであり、薬物運搬体とも呼ばれます。当社のミセル化ナノ粒子や、リポソームなどが含まれます。
(*2) 高分子ミセル
高分子ミセルとは、水に溶けやすい部分と水に溶けにくい部分を持つブロックコポリマーから形成される球状構造体のことです。水にも油にも溶ける両親媒性ブロックコポリマーを水に溶かすと、ある濃度範囲で外側に水に溶けやすい部分、また内側に水に溶けにくい部分を向けて自己会合し、明確な内核と外殻の二重構造を持つ球状構造体を形成します。この球状構造体を高分子ミセルといいます。
(*3) ポリマー
ポリマーとは、1種類の単位化合物の分子が重合して、分子量が1万程度以上の化合物のことです。代表的なポリマーとしてはプラスチック類が挙げられます。医薬品として使われるポリマーは、生体内で分解される性質を有するものが多く存在します。
ブロックコポリマーとは、2種類以上の異なるポリマーが結合したものであり、当社のポリマーは、水に溶けやすい親水性部分がポリエチレングリコール、水に溶けにくい疎水性部分がポリアミノ酸からなるブロックコポリマーです。
(*4) ナノメートル(nm)
1ナノメートルは10億分の1メートルに相当します。
(*5) QOL
Quality Of Lifeの略語で、主に患者の「生活の質、人生の質」を意味する言葉です。医療提供者が患者への治療効果を判定する際に、患者の人生の充実感や満足度から評価しようという考え方のことを言います。
(*6) 抗体
抗体は、細菌やウイルスなどの抗原(免疫を誘発する物質)の刺激の結果、免疫反応によって生体内に誘導されるタンパク質で、抗原と特異的に結合する活性を持つものの総称です。
(*7) アクティブターゲティング
アクティブターゲティングとは、例えば、がん細胞と選択的に結合するセンサーのような働きをする物質をミセル化ナノ粒子の表面に付けることで効率よく、積極的にがん細胞へ薬物を入れたミセル化ナノ粒子を送り届けることをいいます。センサーのような働きをする物質には抗体のような物質を使うことができます。
(*8) GMP
ICH(日・米・EUの3極間で、新医薬品の製造承認に際して要求される資料を共通化することによって、医薬品開発の迅速化・効率化を目指す会議)によって協議・合意決定された取り決め事項を「ICHガイドライン」と呼び、日米EUでの医薬品開発におけるガイドラインとしての役目を果たします。ICHガイドラインは以下のような構成となっており、GMPはその一部です。
GLP
(Good Laboratory Practice)
非臨床試験の実施基準医薬品の製造販売承認申請などのために行われる安全性に関する非臨床試験データについて、信頼性を高めるための試験実施上の基準。
GCP
(Good Clinical Practice)
臨床試験の実施基準人を対象とした臨床試験(治験)が倫理的な配慮のもとに適正かつ科学的に実施されることを目的として定められた基準。
GMP
(Good Manufacturing Practice)
製造管理及び品質管理の基準製造所の構造設備や製造管理及び品質管理の全般にわたって、医薬品の製造を行う者が守るべき要件を定めた基準。
GPMSP
(Good Post Marketing Surveillance Practice)
市販後の調査基準市販後調査の適切な実施と調査資料の信頼性の確保を図り、医薬品の適正使用の確保を目的として定められた基準。