有価証券届出書(新規公開時)

【提出】
2021/12/28 15:00
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【項目】
124項目

対処すべき課題

文中の将来に関する事項は、本書提出日現在において当社が判断したものです。
(1) 経営の基本方針
当社は、在宅での看取りを増やしていくこと、利用者様の健康寿命を延伸すること、医療従事者がいきいき働ける職場環境を提供することが使命であると感じております。
「もう一人のあたたかい家族として在宅生活の安心を届け地域社会へ貢献」することを理念とし、利用者目線のサービスを追求すること及び自発的な相互扶助を推進することで主体的に社会課題へ挑戦することを基本的な価値観としております。
(2) 経営方針、中長期的な会社の経営戦略及び対処すべき課題等
① 市場環境
a.我が国の高齢化の進展
訪問看護は、病気や障がいを持った方が住み慣れた地域でその人らしく療養生活を送れるように看護師等が医師の指示の元、生活の場へ訪問し支援するサービスであり、高齢者を中心として病気や障がいのある方で訪問看護を必要としている方を対象に療養上の世話または必要な診療の補助を行うものです。
現在、我が国は、諸外国に例をみないスピードで高齢化が進行しております。厚生労働省によると、65歳以上の人口は、現在3,000万人を超えており(国民の約4人に1人)、2042年の約3,900万人でピークを迎え、その後も、75歳以上の人口割合は増加し続けることが予想されております。このような状況の中、団塊の世代(約800万人)が75歳以上となる2025年以降は、国民の医療や介護の需要がさらに増加することが見込まれております。(出所:厚生労働省ホームページ「地域包括ケアシステム_地域包括ケアシステムの実現へ向けて」)
b.医療・介護市場の拡大
2020年に内閣府が発表したところによれば、65~74歳と75歳以上の介護保険の被保険者について、それぞれ要支援、要介護の認定(注)を受けた人の割合をみると、65~74歳は要支援1.3%、要介護2.9%であるのに対して、75歳以上では要支援8.6%、要介護23.3%となっており、75歳以上になると要介護の認定割合が大きく上昇するため、当社は75歳以上の人口をエリアマーケティングの中心に置いております。(出所:内閣府「令和2年版_高齢社会白書」)
(注) 介護保険制度では、家事や身支度等の日常生活に支援が必要であり、特に介護予防サービスが効果的な状態(要支援状態)になった場合や、寝たきりや認知症等で常時介護を必要とする状態(要介護状態)になった場合に介護サービスを受けることができます。介護サービスの必要度を判定するのが要支援認定、要介護認定であり、要支援状態は2段階、要介護状態は5段階にその程度が区分されており、要支援よりも要介護の方がより介護サービスを必要としている状態です。この判定は介護サービス給付額と連動しています。
また、介護保険制度が定着し、サービス利用の大幅な伸びに伴い介護費用が急速に増大しております。介護保険制度開始当時の2000年度は3.6兆円だった介護費用は、2018年度には10.7兆円となっており、高齢化がさらに進展し団塊の世代が75歳以上となる2025年度には15.3兆円、高齢化率が3割を超えると予測される2040年度には25.8兆円になると推計されております。同様に、医療費は、2018年度は39.2兆円となっており、2025年度には47.4兆円、2040年には68.5兆円となり、医療・介護保険合計で94兆円になると推計されております。(出所:内閣官房・改革府・財務省・厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」(計画ベース・経済ベースラインケース)(2018年5月公表))
c.訪問看護市場の拡大
1か月当たりの訪問看護の利用者数は、増加が続いており、2019年は医療保険と介護保険の利用者合計で約84万人と2010年と比べ2.65倍になっております。

(出所:厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査」(平成 19 年~令和元年の各年9月) / 内閣府「高齢者白書」(平成 19 年~令和元年))
医療保険における訪問看護費は、2010年の約740億円から2019年には約2,727億円に増加し、国民医療費に対する割合も0.20%から0.61%に拡大しております。

(出所:厚生労働省「国民医療費」(平成 18 年~令和元年))
また、介護保険における訪問看護費は、2010年の約1,474億円から2020年には約3,428億円に増加し、国民介護費に対する割合も1.94%から3.18%に拡大しております。
従って、医療・介護両保険を合計した訪問看護費は、2019年で約5,824億円であり、2010年の約2,214億円から2.63倍に増加しており、訪問看護の利用者数と共に拡大傾向であります。

(出所:厚生労働省「介護給付費等実態調査」(平成18年~令和元年))
なお、厚生労働省が2018年5月21日に公表した「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」によれば、2040年の在宅医療市場は28兆円、在宅介護市場は8.2兆円となる見通しであり、両者の合計は36.2兆円であります。
上記見通しに加え、医療・介護両保険における訪問看護費及び利用者が増加傾向であることを踏まえると、当社では、訪問看護市場についても継続的に拡大していくものと考えております。

(注) 1.2040年の予測値(出所:厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)2018年5月21日公表」
2.厚生労働省:「国民医療費」「介護サービス施設・事業所調査」掲載の令和元年(2019年)の数値を合算
② 訪問看護が注目される理由
以下の調査結果を踏まえ、当社では今後も高齢者数の増加に伴い、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けたいと願う高齢者が増加していくと考えております。
(ア) 60歳以上の男女に、現在住んでいる地域に住み続ける予定があるかどうかを聞いたところ、93.1%の人が「ある」と回答しております。
(イ) 60歳以上の人に、万一治る見込みがない病気になった場合、最期を迎えたい場所はどこか聞いたところ、51%の人が「自宅」と回答しております。なお、死亡した場所のうち「自宅」の割合は、日本は13.9%であり、国際的に見て低い水準です。(他国例:オランダ31%、フランス24.2%)
(出所:内閣府「令和元年高齢者白書_高齢期の生活に関する意識」、厚生労働省_医療と介護の連携に関する意見交換_看取り)
また、これに伴い、今後も質の高い在宅医療・訪問看護の確保の重要性が高まっていくものと考えております。厚生労働省は、2025年を目途に、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援の目的のもとで、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制(「地域包括ケアシステム」)の構築を推進しております。医療機関(病院)は機能分化され、大学病院や総合病院は高度医療に特化し、慢性疾患患者や軽症患者は地域のクリニックへ移され、病院(入院)看護から在宅看護へと移行が進められております。地域のクリニックから大学病院や総合病院への紹介が一般的でありましたが、今後は大学病院や総合病院から地域のクリニックへと“逆紹介”の多い医療機関は診療報酬にて評価されることが予測されるため、入院から在宅への流れは加速し、在宅医療の需要は今まで以上に高まることになります。この「地域包括ケアシステム」において、地域に点在する様々なサービスが包括的に連携し、1人の利用者様を支えるために、中心的存在として期待されているのが訪問看護サービスです。
③ 訪問看護業界の現状と課題
このような中、訪問看護が注目される一方で、現状の訪問看護業界には課題があり、当社では以下のように認識しております。
a.地域における訪問看護サービスの存在感が薄い
1事業所当たりの平均従業員数が常勤換算で4.6人であり(出所:矢野経済研究所_2020年度版 在宅医療市場の展望と戦略)、小規模零細で運営していることが非常に多い現状があります。小規模であるため、事業所が所在している地域からの認知度が低く、当該地域における信頼関係の構築に課題があります。
b.紙文化中心の非効率経営
医療業界は紙文化が浸透しており、訪問看護業界においても病院で経験を積んだ医療職者が運営しているケースが多く、また、許認可の手続きは紙面で行う必要があるため、情報のクラウド化が進んでおらず、ペーパーレス化が進んでいない現状があります。そのため、情報管理・伝達・処理がITを駆使した場合と比較し、相対的に非効率であるという課題があります。
c.訪問看護師人材の不足
厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査の概況」によると、訪問看護師の数は2019年10月時点で約8万人であり、日本看護協会「訪問看護 アクションプラン2025」による在宅死の割合をオランダやフランスなどの水準に引き上げる場合に必要な人数である15万人から大きく不足しております。そのため、訪問看護師不足が課題であります。
d.訪問看護ステーションの閉鎖や偏在
訪問看護ステーションの数は年々増加傾向にある一方、資金繰りの悪化や人員不足等が原因で閉鎖するステーションも多いのが現状であり(出所:一般社団法人全国訪問看護事業協会「訪問看護ステーション数調査」(2020年6月公表))、また、下表の通り地域によって偏在が見られ、人口10万人当たりの訪問看護ステーション数は最大3倍程度の格差があります。

(出所:公益社団法人日本看護協会、公益財団法人日本訪問看護財団、一般社団法人全国訪問看護事業協会「訪問看護アクションプラン2025~2025年を目指した訪問看護~」(2014年公表))
現在、東京都を中心に訪問看護の拠点を多数展開する大規模事業者は複数ある一方で、地方へ積極な進出は、看護師等の人材確保や移動時間等の面から難しいのが現状と考えております。
④ これまでの当社の取り組み
上記の訪問看護業界における課題認識の下、これまでに当社が取り組んでまいりました主な事項は以下のとおりです。
a.医療専門職である訪問看護師を活用した訪問看護サービスの認知度向上と信頼の獲得
当社では、事業所が所在する地域での認知度向上と信頼を獲得するため、事業所当たり看護師6名及び理学療法士等のリハビリ職5名の合計11名体制を基本とし、各事業所をドミナント戦略で地理的に隣接するよう拠点展開することで、事業展開する地域の中で小規模零細に陥らないよう取り組んでまいりました。また、看護師、准看護師のみならず、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士も配置することで、特定の疾患に限らず、様々な疾患の利用者様を幅広く受け入れることができ、地域からの信頼獲得に努めております。
b.ドミナント戦略による事業所展開
前述「第1 企業の概況 3 事業の内容」で記載のとおり、IT活用により訪問エリアを定義し、新規の利用依頼を訪問エリア内に堅持することで、当社の事業所同士で新規利用者様の獲得を競争する状況が生じることなく、事業所を展開してまいりました。その結果、複数の事業所間で「競争」ではなく「協力」して1人の利用者様を診る体制を整備し、看護師等の退職による利用者様への影響を軽減することができました。また、看護師等の休暇取得も容易になる等、働きやすさの観点でもドミナント戦略のメリットを最大限享受できるよう取り組んでおります。
c.訪問看護未経験者の積極採用と早期育成
訪問看護人材の不足に対処するため、当社は訪問看護未経験者の積極採用を行っております。当社に入社する看護師等の従前は病院勤務者であることが多く、9割以上が訪問看護未経験者となっております。このため、当社では、早期に1人で利用者様を診ることができるよう、早期育成プログラムを整備しております。未経験者であっても概ね3ヵ月で主担当として、1人で訪問看護ができるレベルまで引き上げる育成プログラムを整備し、看護師等の早期戦力化を図っております。
d.東京以外の地域への拠点展開
上記訪問看護ステーションの偏在という課題への対応として、東京以外の地域(兵庫県、高知県、沖縄県)へ拠点展開しております。
⑤ 今後当社が対処すべき重点課題
当社は、安全・安心を届ける利用者目線の追求を前提としたうえで、対処すべき重点課題として以下の取り組みを推進する方針です。
a.訪問看護師による地域連携先との関係強化
訪問看護サービスの認知度向上という課題に対して、当社では営業の専門職を雇わず、医療専門職である訪問看護師自らが、地域の医療機関、居宅介護支援事業所、施設サービス事業所等の地域連携先とタイムリーな情報共有を行っており、この取り組みを通じて、訪問看護サービスと当社の認知度向上を図り、信頼関係を構築することで新規利用者様の増加に繋げる活動を継続的に実施してまいります。
b.複数の人材採用チャネルの強化
訪問看護師の不足という課題に対して、人材紹介会社との連携を深め、看護師等の安定した雇用数を確保するとともに、当社のオウンドメディアである「ナーステート」等によるWebマーケティングを促進し、紹介料の負担が無い直接雇用の割合も増やしてまいります。
c.マネジメント層の育成
訪問看護ステーションの偏在という課題に対して、今後のドミナント展開、新たな地域への拠点設置を見据え、従業員の管理能力、業務処理能力の向上を図り、マネジメント層の育成に努めてまいります。
⑥ 今後の事業所展開の方針
高齢化社会の進展に伴い、当社では訪問看護市場は継続的に拡大すると推測しており、当社の特長である利用者獲得力、オペレーションの効率化、人材開発力を活かして継続的に拠点を展開してまいります。
今後も事業所ごとに看護師6人、リハビリ職5人の合計11名体制という業界内でも比較的規模の大きい人員数を基本とした運営を推進し、これらの事業所を数多く展開することで訪問看護サービス事業の規模の拡大を図る方針です。なお、当社の拠点数の2021年12月期までの推移及び2022年12月期と2023年12月期に計画している拠点数は以下のとおりです。

(3) 経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
当社は重要なKPIを「延べ訪問件数」(注1)とし、経営陣のみならず役職者全員がこの指標を意識した事業所運営を行っております。訪問看護サービス事業の売上は「延べ訪問件数×訪問1件当たりの単価」にて算出されるため、その母数となる「介入利用者数」(注2)の増加も重視しております。また、訪問看護サービス事業は労働集約型事業であるため、当社がさらに成長していくためには、延べ訪問件数の増加は当然のことながら、その前提として訪問看護師等となる従業員を継続的に採用、育成し、事業所規模拡大及び拠点展開による事業所数拡大を継続していくことが必要と考えております。
第7期事業年度、第8期事業年度及び第9期第3四半期累計期間における延べ訪問件数、延べ介入利用者数、訪問看護要員数の推移は次のとおりです。
指標第7期事業年度
(自 2019年1月1日
至 2019年12月31日)
第8期事業年度
(自 2020年1月1日
至 2020年12月31日)
第9期第3四半期累計期間
(自 2021年1月1日
至 2021年9月30日)
延べ訪問件数(注1)88,926件95,634件100,603件
延べ介入利用者数(注2)11,616人11,828人12,078人
訪問看護要員数(期末または
四半期末時点)
92人118人146人

(注) 1.延べ訪問件数は、従業員1人当たり訪問件数の総和です。
2.延べ介入利用者数は、月間介入者数の総数です。「介入」とは、看護師等が訪問看護契約に基づき訪問することを言います。