有価証券報告書-第10期(2025/04/01-2026/03/31)
有報資料
当社は、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の実用化、並びに当社独自の設計コンセプトに基づくラボ一体型の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を利用した製造開発受託(CDMO)事業(以下「CDMO事業」という。)等を通じ、世界中のひとびとの健康と人生に貢献する新たな医療を創り出すことを経営理念として2017年3月に設立されました。
ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート(以下、「心筋細胞シート」という。)(販売名:リハートⓇ(以下「リハート」という。))は、拡大培養したiPS細胞から心筋細胞への分化誘導(※1)を経て、シート化等の独自技術を用いて作製するもので、現在の標準的な内科的治療や侵襲的治療では治癒しない重症心不全治療を目的とした再生医療等製品です。また、リハートは、他の再生医療等製品(研究開発中の再生医療等製品を含む)と比べ、構成する細胞数が多いため、iPS細胞を心筋細胞へ大量にかつ同時に分化誘導する高い技術が要求されます。当社は、iPS細胞を大量の心筋細胞に分化誘導する技術と、残存する未分化の細胞を定量限界未満のレベルまで除去することにより心筋細胞を高純度に精製する技術を有しています。
なお、当社グループの行う事業は、再生医療等製品事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載を省略しております。
(1) 事業モデル
当社グループは、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の研究開発及び製造販売、並びに当社独自の設計コンセプトに基づくラボ一体型の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を利用したCDMO事業を主たる事業としております。
当社グループの再生医療等製品の研究開発及び販売に関連する事業は、大学や大手製薬企業との共同研究開発を通じて得られた発明、ノウハウ等の成果物に対して、当社が実施権の許諾を受け事業展開を行うものです。
CDMO事業は、当社が保有するヒトiPS細胞の培養技術やヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造・精製技術等で培った知見と経験を活かし、顧客に対する製造プロセス開発の支援に加え、受託製造による細胞及び原材料としての各種細胞を提供するものです。
(2) 当社事業モデルの特徴
当社は、(ⅰ)大阪大学との共同研究開発により培った再生医療等製品の開発ノウハウ、(ⅱ)大手製薬企業や医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス、(ⅲ)高度な管理技術に基づく細胞製品の製造施設、(ⅳ)シーズから商用生産レベルまで一貫して開発された細胞製造、加工、評価に関する技術ノウハウ、という4点を強みとしております。
(ⅰ) 大阪大学との共同研究開発により培った再生医療等製品の開発ノウハウ
当社は2017年の会社設立後、大阪大学に最先端再生医療学共同研究講座を設置し、ヒトiPS細胞を用いた重症心不全治療の実用化を目的とした共同研究開発を進めてまいりました。
大阪大学は日本有数の心臓移植手術実績を有しており、当社取締役 最高技術責任者であり同大学大学院医学系研究科において長年にわたり心臓血管外科領域で教授を務めた澤芳樹名誉教授は、これまでに心臓手術数1,000例超、心臓移植数100例超、人工心臓手術数400例超の実績を有します。また基礎研究から臨床応用まで20年以上にわたる実績と幅広いノウハウを有しており、骨格筋芽細胞(※2)シートの発明や開発にも携わっていました。大阪大学や澤芳樹最高技術責任者の豊富な経験と確かな技術を基盤とし、スムーズな応用研究及び臨床開発の推進を可能としました。これらの成果として、2026年3月に厚生労働省よりリハートにおける日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得するに至りました。
(ⅱ) 大手製薬企業や医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス
当社は、2017年9月に第一三共株式会社と共同研究開発契約を締結しました。本共同研究開発の目的は、大阪大学大学院医学系研究科において開発されたヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造及びシート作製技術と、第一三共株式会社が有するヒトiPS細胞由来心筋細胞の精製技術を融合した再生医療等製品を製品化することであり、虚血性心筋症(ICM)患者を治療対象とした心筋細胞シートの共同研究開発を行ってまいりましたが、2026年3月に厚生労働省から国内における条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。(なお、第一三共株式会社との共同研究開発契約は、2026年3月にリハートが国内における条件及び期限付き製造販売承認を取得したことにより、契約の目的が達成されたため、2026年3月末をもって終了しております。)
また、朝日インテック株式会社とは、次世代の治療モダリティ(※3)の共同開発を行っています。リハートの適応疾患よりも軽度の心疾患に対応するパイプラインとして、カテーテルによる新たな血管内アプローチによりヒトiPS細胞由来細胞を心臓へ移植する治療技術の開発を進めております。同社が有するカテーテル製品開発技術と当社のヒトiPS細胞由来細胞の開発を組み合わせることにより、新しい治療技術を創出します。
さらに、中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)において細胞大量培養システムに係る技術、ノウハウ及び知見を呼び込み、そのバリューチェーンを構築することを目的としたオープンイノベーションとして、細胞を用いた次世代モダリティの開発を促進する細胞大量製造システムを開発するための開発共同体(VMaCS)を組織し、2026年3月末時点で計14の会員と開発活動を行っております。
(ⅲ) 高度な管理技術に基づく細胞製品の製造施設
当社は、リハートで使用する心筋細胞の製造やシート作製工程及びCDMO事業の拠点として、大阪府箕面市に研究施設を一体化した商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を設置し、2020年8月に稼働を開始しました。
本施設は、清浄度が同一グレードのクリーンブースを複数並列化する等の独自の設計コンセプトに基づく局所制御技術(※4)を活用することにより大幅なキャパシティ増加を実現した効率的かつ実効的な最先端の細胞培養加工施設です(日本(特許第7609440号)、米国(特許No.12455083)及び欧州(特許No.4079376)で特許取得済。)。製造プロセス開発から商用生産まで一貫して対応可能なワンストップな施設であり、2021年9月に再生医療等安全性確保法に基づく「特定細胞加工物製造許可」を取得し、2026年5月に改めて「特定細胞加工物等製造施設」として届出(施設番号:FC5260014)しています。さらに、2024年8月に再生医療等製品の製造販売業許可、2025年4月に再生医療等製品の製造業許可を取得しております。製造販売承認後に保険収載申請を行っており、商用生産した製品の出荷を保険収載後に開始する予定です。
本施設では、主にリハートで使用する心筋細胞製造やシート作製を行っておりますが、CDMO事業においても同時利用可能な細胞培養加工施設です。
(ⅳ) シーズから商用生産レベルまで一貫して開発された細胞製造、加工、評価に関する技術ノウハウ
当社は、大阪大学との共同研究開発を通じて、リハートをはじめとする再生医療等製品の開発と商業化に不可欠な以下の技術を有しております。
これらの技術には、自社特許に加え、大阪大学より独占的実施権を受けた特許権(「未分化細胞が除去された分化誘導細胞集団、その利用及びその製造方法」(特許第6938154号、権利者:大阪大学、存続期間満了日:2035年11月6日))及びノウハウ、並びに当社と大阪大学が共有するノウハウが含まれています。特許権及びノウハウの主な内容は以下のとおりです。
・ヒトiPS細胞の安定的な未分化継代培養方法
・ヒトiPS細胞の分化誘導及び分化細胞作製方法(主に心筋細胞)
・ヒトiPS細胞及びiPS細胞由来細胞の大量製造方法
・ヒトiPS細胞由来心筋細胞の高純度精製及び未分化細胞除去方法
・ヒトiPS細胞由来細胞の高効率凍結融解方法
・ヒトiPS細胞由来細胞の加工技術
・ヒトiPS細胞及び分化細胞の分析、特性評価解析法
(3) 当社技術の特徴
① iPS細胞について
iPS細胞は、英語では「induced pluripotent stem cells」と表記され、その頭文字をとって「iPS細胞」と呼ばれています。世界で初めてiPS細胞の作製に成功しノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授により名付けられ、日本語名では「人工多能性幹細胞」と称されます。iPS細胞は、ヒトの体細胞に複数の多能性誘導因子を導入し培養することで作製でき(図1)、ほぼ無限に増殖する能力を持つとともに、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を有します。
図1 iPS細胞の作製の過程
(出所:京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)iPS 細胞研究センター((現)iPS細胞研究所(CiRA))発行 「幹細胞ハンドブック ̶ からだの再生を担う細胞たち」より当社作成)
② 研究開発の経緯
大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹名誉教授(当社取締役 最高技術責任者)らの研究グループは、京都大学の山中伸弥教授と2008年から共同研究を開始し、ヒトiPS細胞を用いた重症心筋症患者の治療法について研究開発を進めてきました。
その間、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いて、ブタの虚血性心疾患モデルの心機能を改善させることに成功し、ヒトiPS細胞由来心筋細胞のサイトカイン(※5)の解析や、レシピエント心筋(※6)との電気的・機能的結合による同期拍動等、心機能の改善に関するメカニズムの解析を行ってきました。
そして、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供される医療用ヒトiPS細胞ストックを用いて心筋細胞の製造方法を改良することにより、安全性の高い心筋細胞の大量作製及びそのシート化に成功しました。
リハートの臨床研究は、大阪大学による医師主導治験(※7)により行われ、2020年1月に1例目の移植が行われ、計8例の患者に移植が行われました。2025年4月に厚生労働省に対してリハートの製造販売承認申請を行い、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
③ 心筋細胞シート(販売名:リハート)について
リハートとは、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞を主成分とした他家細胞(※8)加工製品であり、シート状に加工された心筋細胞を心臓に移植します。薬物治療や手術等の標準的な治療を施しても十分に回復しない虚血性心筋症による重症心不全の患者を対象としたものであり、補助人工心臓装置(VAD)(※9)の装着又は心臓移植に至る前の患者が対象になります。
具体的には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供されたヒトiPS細胞を心筋細胞に分化誘導した後に精製を行い、未分化iPS細胞を除去した上で凍結保存します。患者への移植スケジュールに合わせてヒトiPS細胞心筋細胞を解凍し、シート化したものを病院へ輸送し、患者の心臓に直接貼付します(図2)。移植されたシートから分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されます。詳細な作用メカニズムは、「④リハートの作用メカニズム」をご参照ください。
現在、薬剤等による内科的治療では回復が見込めない虚血性心筋症による重症心不全患者への治療法は確立されていないため、時間の経過とともに症状が悪化し、最終的な治療手段として補助人工心臓装置の装着又は心臓移植に至ります。しかしながら、心臓移植は深刻なドナー不足や年齢制限があり、補助人工心臓においても感染症や脳神経障害のリスク、また生涯にわたるQOL(生活の質)の課題が伴います。
リハートは、従来の内科的治療や手術では改善が見込めない患者に対して、補助人工心臓装置の装着又は心臓移植が必要な状態となるまでの病態の進行を抑制することを期待したものであり、従来の製品ではカバーできないアンメットメディカルニーズ(有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズ)に応える日本発、そして世界初のiPS細胞による再生医療等製品です(図3)。
図2 リハートの作製手順
(出所:大阪大学提供資料をもとに当社作成)
図3 リハートの期待される効果(イメージ)
(出所:当社作成資料)
④ リハートの作用メカニズム
リハートの作用メカニズムは、これまでに実施されたin vitro(試験管内)実験及び大小動物を用いたin vivo(生体内)実験に基づく数多くの基礎的研究から、以下のように推定されています。
・移植した細胞から分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されます。
・心筋細胞を主構成体とするリハートが、移植後に患者の心臓と機能的及び電気的に結合し、患者の心臓と同期して収縮弛緩することにより、患者の心臓の機能を力学的にサポートする。
これらの作用により、虚血等で休眠している患者の心筋細胞を刺激して活性化させ、心筋細胞の再生を目指すものです(図4)。
図4 リハートの作用メカニズム
(出所:当社作成資料)
上記の期待される効果を得るためには、移植後一定期間(約3か月)、患者の免疫拒絶を回避し、移植したシート内の細胞を生存させるため、免疫抑制剤を投与し、一時的に拒絶反応を抑制する必要があります。しかし、大阪大学では免疫抑制剤を漸減させながら治療効果を維持する方法を開発しました。これにより、免疫抑制剤による腎臓障害等を最小限に抑え、移植後に残存する細胞に起因する腫瘍化リスクを低減できるとともに、患者が生涯にわたって免疫抑制剤を投与される必要がなくなります。特に新型コロナウイルス感染症のような感染症流行時には、免疫抑制剤使用による免疫機能低下がもたらす感染及び重症化リスクを軽減できる点で大きな利点があります。
⑤ 他家細胞であるiPS細胞の特徴
a.他家のヒトiPS細胞を用いることのメリット・デメリット
(メリット)
・自家移植の場合には患者から細胞を採取するための外科的侵襲(※10)を伴いますが、他家移植の場合には細胞を採取する必要がなく、患者の負担がより小さくなります。
・自家移植は、患者自身の細胞を採取し、その細胞を細胞培養施設で培養して初めて移植することができるため 、採取から移植可能となるまでに時間を要します。一方、他家移植である心筋細胞シートの場合は、事前に健康なボランティアより血液の提供を受け、細胞培養施設において再生医療用のiPS細胞を作製しストックしています。その後、心筋細胞への分化のし易さを確認し、対象疾患に対する有効性及び安全性の確認を厳重に済ませたiPS細胞だけを増やしてバンク化しておき、事前に細胞培養施設で心筋細胞を培養して保管しておくことで、急な移植スケジュールであっても、速やかにシートの製造を行い、医療機関や研究機関に迅速に製品を提供できます。
・自家移植の場合、患者から細胞を採取するため、患者の年齢や容体によって細胞の状態が大きく異なり、必要な質で必要な数の細胞を得ることが困難な場合があります。一方で、他家細胞であるiPS細胞を用いることで、一定の品質で大量の細胞を治療に用いることができます。
・自家移植の場合、作製した細胞は患者本人にしか用いることができないため、その有効性や安全性の確立には多くの症例が必要で、多大な労力と時間を要します。一方、他家移植では、作製した細胞を多くの患者に使用することが可能となり、自家細胞と比較して有効性と安全性の確立を進めやすいと言えます。
・総じて、他家移植とすることで、自家移植に比べて、広く多くの患者を対象にすることができ、まとめて輸送出来るメリットを活かして国内だけでなく海外への展開も期待できます。
(デメリット)
・他家移植の場合、自身の細胞に由来しない細胞を移植するため、患者の持つ免疫機能により拒絶反応が生じます。これを抑えるため、移植後一定期間は免疫抑制剤の投与が必要となり、その間、患者の免疫が低下し、疾病に罹患するリスクが上昇します。自家移植の場合は、患者自身の細胞由来であるため、このような問題は大幅に少なくなります。
b.当社技術の課題と対応
リハートによる再生医療・細胞治療の研究開発過程で、再生医療等製品特有の対処すべき課題がありました。しかし、大阪大学及び第一三共株式会社との共同研究成果に基づき、以下のような対応策を講じています。
c.当社技術の強み
当社技術の最大の強みは、患者に移植した細胞の癌化リスクの徹底的な軽減です。これは、心筋細胞への分化誘導工程において残存する未分化のiPS細胞を、高度にかつ効率的に除去することができる当社独自の精製方法によるものです。一般的にiPS細胞は癌化するリスクがあると言われますが、最大の原因はiPS細胞が獲得した無限増殖能であり、様々な細胞へ分化誘導するプロセスにおいて目的の細胞に分化せず、未分化の状態のまま数多く残存すると、それだけ癌化するリスクが高まります。当社では、大阪大学と第一三共株式会社の技術を融合し、複数の工程で構成し最適化された独自の未分化細胞除去技術を用いており、2020年1月より開始された医師主導治験において、現段階において癌化した事象の報告を確認しておりません。
また、当社のリハートは、シート化したヒトiPS細胞由来心筋細胞を患者の心臓の表面に貼付するだけで、穿刺等の心臓に直接的なダメージを与え得る侵襲を伴わないことから、不整脈が発生するリスクを最小限化することを可能にしております。さらに、手術自体もバイパス手術等とは異なり開胸手術ではなく、左肋間に7センチ程度の比較的小さな隙間を空け、その隙間からシートを挿入する手術です。通常のバイパス手術が4時間程度要するのに対し、シートの移植手術は50分程度で完了することが可能で、患者への侵襲を限りなく小さくするとともに、執刀医の負担も大幅に軽減されることが期待されます。
最後に、当社技術の大きな特徴としては、シート形状で長距離輸送が可能である点です。凍結細胞の冷凍輸送ではなく、凍結細胞を解凍・培養してシート化した状態のまま常温帯で輸送した場合でも、シート内の細胞が一定期間生存しており、例えば大阪府箕面市にある当社の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」から東京の医療機関まで、トラック等で輸送することが可能です。また、輸送する際に心筋細胞シートを保護する役割を持たせるためゼラチンゲルで包埋しており、常温帯で2日はシートの形状と細胞の生存を保ったまま輸送することができます。さらに、シート形状のまま輸送可能であるということは、移植を行う医療機関側において、シートを包埋しているゲルを融解、除去した後、洗浄液を用いて心筋細胞シートを洗浄することで移植が可能となり、医療機関の負担も大幅に低減することが可能となることを意味します。
(4) 研究開発パイプライン
① 心疾患について
当社が国内での製造販売承認を取得したリハートは、心疾患治療に対するものですが、心疾患は非常に広い概念です。心臓は全身に血液を送り出す役割を担っておりますが、この重要な担い手が心臓の筋肉(心筋)です。
心筋は他の筋肉と同様、伸縮することで全身に血液を送り出しますが、心疾患は何らかの原因で心筋に障害が発生することで心筋の伸縮(心臓のポンプ機能)がうまく働かなくなった状態を指します。
当社は、心疾患の中でも「薬物治療や手術等の標準的な治療を施しても十分に回復しない虚血性心筋症(ICM)による重症心不全の患者」に対する新規の治療法とするため、リハートの開発・実用化に取り組みました。
虚血性心筋症とは、心臓に栄養を与えている血管(冠動脈)が動脈硬化等によって狭くなり(冠動脈狭窄)、詰まること(閉塞)により、心筋に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなることで起こる心筋梗塞や狭心症など心筋障害の程度が高度な心疾患です。一時的にでも完全に血流が途絶えると、心筋の機能が低下した状態が続くことになり、この状態を「虚血性心筋症」と呼びます。
心筋細胞シートの対象患者は、薬物治療や侵襲的治療を含む標準治療で効果不十分な虚血性心筋症患者でありますが、日本における虚血性心筋症患者数は、厚生労働省が公表した2023年(令和5年)の「令和5年患者調査 全国編」によると、年間3,000人でした。
米国における虚血性心筋症患者数は詳細な統計データがないため、日本及び米国の心不全患者数から推計します。日本での心不全患者数は、公益財団法人日本心臓財団によると、2020年には約120万人に達すると推計されています。一方、米国は、America Heart Assosiationの2026 Heart Disease and Stroke Statistics Update Fact Sheet At-a-Glanceによると、2021年~2023年では約770万人の心不全患者が存在します。したがって、米国は日本と比べ、約6.4倍の心不全患者が存在することから、米国における虚血性心筋症患者数は年間約19,300人と推計されますが、米国は食生活から生じる肥満、糖尿病等の生活習慣病の割合が日本と比べて高いことを踏まえると、さらに多くの虚血性心筋症患者が存在することが予想されます。
公益社団財団法人日本臓器移植ネットワークによると、2026年3月末時点で心臓移植希望登録者は789人となっており、これらを勘案すると当社製品の対象患者は相当数存在すると考えられます。
② 研究開発パイプラインの状況
当社の研究開発パイプラインとその進捗状況は以下のとおりです(図5)。
図5 研究開発パイプライン

心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心筋症(国内)、販売名:リハート)
当社では、設立時より虚血性心筋症(ICM)を対象とした心筋細胞シートの研究開発を進めておりましたが、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
リハートの条件及び期限付き製造販売承認の取得までの流れを以下に説明します。
リハートについては、大阪大学による医師主導治験(CVSC0005試験)が行われました。前半(コホートA)3症例と後半(コホートB)5症例の計8症例について、移植実施後12か月間の経過観察結果を取りまとめ、2025年4月に厚生労働省に対し、製造販売承認申請を行いました。その後、厚生労働省及び医薬品医療機器総合機構(PMDA)による申請資料の審査やGCTP適合性調査に対応いたしました。GCTP適合性調査とは、国内外の製造所に対して、その製造設備に加え、製造管理及び品質管理の手法が再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準であるGCTP(Good Gene, Cellular, and Tissue-based Products Manufacturing Practice)に適合しているかどうかを調査するものであり、当社の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」に対して調査が行われました。そして、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
また、2025年10月に厚生労働省より希少疾病用再生医療等製品に指定されました。希少疾病用再生医療等製品の指定制度は、医療上特にその必要性が高いもの等を条件に厚生労働大臣が指定するものであり、その指定を受けることで、PMDA 等による指導・助言等の支援措置を受けることができるようになるものです。さらには、希少疾病用製品の指定を受けた品目は、保険償還価格算定時の加算の対象となっております。
再生医療等製品については、承認制度として2014年に「条件及び期限付承認制度」が創設されました。「条件及び期限付承認制度」とは、治験の対象患者の集積が難しいことや、対象製品の品質の不安定性等の理由により、臨床第Ⅲ相(PⅢ)試験といった検証的臨床試験の実施に長期間を要するような医薬品、医療機器及び再生医療等製品について、少数例の治験データに基づき、安全性が確認され、一定の有効性が見込まれる製品を一定条件と期限を付したうえで早期に承認し、販売後に有効性を評価する制度です(図6)。
リハートもこれらの性質を有するため、本制度を活用して条件及び期限を付した上での製造販売承認を取得することになりました。
リハートにおける条件及び期限では、条件及び期限付承認後に改めて行う本品の製造販売承認申請までの期間中(7年間)、本品を使用する全症例(75例)を対象とした製造販売後調査等により製造販売後承認条件評価を行うことを求められております。
図6 再生医療等製品の承認制度と当社の承認申請の状況

有効性については、標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全患者8例を対象とした国内医師主導治験において評価されました。本試験では、移植後52週時点において、NYHA(※11)心機能分類は8例中8例、6分間歩行距離(6MWD)及び最高酸素摂取量(Peak VO₂)はそれぞれ8例中4例で改善が認められました。また、心臓外科医1名及び循環器内科医2名で構成される効果安全性評価委員会による総合評価では、移植後52週時点において8例全例が「有効」と判定されました。
これらの結果等を踏まえ、独立行政法人医薬品医療機器総合機構は、提出された資料から、本品について標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全に対する一定の有効性は期待できると判断しています。一方で、本試験は少数例を対象とした非盲検試験(※12)であり、現時点で得られている情報は限られていることから、製造販売承認後も本品を使用する全症例を対象とした製造販売後調査等により、有効性及び安全性を継続的に評価していく予定です。
安全性については、本試験において、本品の副作用及び重篤な副作用は認められませんでした。有害事象は8例中7例に、重篤な有害事象は8例中5例に認められましたが、死亡に至った有害事象、本品の副作用及び重篤な副作用は認められず、重篤な有害事象はいずれも回復し、本品との因果関係はいずれも否定されています。また、腫瘍化リスクについては、非臨床試験において造腫瘍性を示唆する所見は認められておらず、独立行政法人医薬品医療機器総合機構は、本品の安全性は許容可能と判断しています。
心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心筋症(海外))
虚血性心筋症(ICM)を対象とした心筋細胞シートの開発については、国内だけでなく海外での製造販売承認の取得を計画しております。
米国での製造販売取得に向け、米国における当社製品の研究開発、事業化及び将来のパートナー探索等の現地活動強化を目的に、経済産業省が米国カリフォルニア州パロアルトに設立したビジネス拠点「ジャパン・イノベーション・キャンパス」内に連結子会社としてiReheart Inc.を設立いたしました。
2024年12月には、スタンフォード大学心臓胸部外科と共同研究開発契約を締結し、既存の心筋細胞シートを米国向けに改良した製品及び新しいコンセプトのiPS細胞由来製品の開発を行う予定であり、心筋梗塞ブタの心臓に移植する動物実験からなる共同研究プログラムを実施しています。本大学病院は、2024年-2025年の「U.S. News & World Report」誌の Best Hospitals Honor Roll特集号において、循環器科、心臓・血管外科、肺・呼吸器外科で全米トップの病院の一つに選ばれています。本共同研究を通じ、米国食品医薬品局(以下、「FDA」という。)への治験薬申請に使用するデータを収集し、米国での治験の実施を目指してまいります。
米国向けに改良した製品に関しては、FDAと治験許可申請前相談会議(pre IND会議)を行いました。品質・前臨床・臨床の全般にわたり本製品の開発計画をFDAと協議し、First-in-Human試 験の計画概要を含めた今後の方針について概ね合意を得ることができ、米国での治験許可申請(IND申請)に向け た準備を進めております。
米国以外の国・地域においては、インドネシア、オーストラリア、シンガポール、中東及び欧州等でも販売を目指し、海外病院等との連携や当局との相談準備を進めております。
カテーテル
リハートと比べ、軽度の心疾患に対応するパイプラインとして、カテーテルによる新たな血管内アプローチによりヒトiPS細胞由来細胞を心臓へ移植する治療技術の開発を、朝日インテック株式会社との共同開発により進めております。同社が有するカテーテル製品開発技術と当社のヒトiPS細胞由来細胞の開発を組み合わせることにより、新しい治療技術を創出します。
本製品は、循環器内科医が急性心筋梗塞(AMI)(※13)・慢性完全閉塞性病変(CTO)(※14)等の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)(※15)と併用することによって、開胸等の新たな侵襲を患者に加えることなく、心機能の回復を高める治療技術を目指しております。
日本におけるカテーテル治療の市場規模は年間30万件を超えており(出所:日本循環器学会)、循環器内科における心疾患の治療法として位置付けられています。
日本におけるカテーテル治療
(単位:件)
(出所:日本循環器学会「循環器疾患診療実態調査 報告書」をもとに当社作成)
朝日インテック株式会社との共同研究開発では、カテーテル及び投与する細胞の研究開発が順調に進捗し、小動物でのPoC(概念実証:Proof of Concept)を確立しました。現在は、大動物でのPoC確立に向け、大動物実験を行っており、PMDA申請準備や米国展開を進めてまいります。
体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)
オキシム誘導体(YS-1301)を低用量使用することにより、組織の再生を促進する各種体内再生因子(肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、ストローマ由来因子(SDF-1)(※16)、骨髄細胞動員因子(HMGB1)等)が誘導される薬理作用に基づき、細胞保護、抗線維化、抗炎症作用による血管新生、組織再生が期待されます。具体的には、肝硬変、非アルコール性脂肪肝炎(※17)、肝臓疾患、腸疾患、慢性閉塞性肺疾患(※18)、肺高血圧症等への治療薬としての開発を目指します。オキシム誘導体をごく低用量使用する治療薬とすることから、安全性の担保がなされているのも特徴となります。また、本案件は、開発済の化合物を活用するドラッグリポジショニング(※19)であり、効率的な開発、製品化を目指すものです。
体内再生因子誘導剤は、組織の再生を狙う低分子化合物であり、細胞治療が持つ「自然治癒力のブースター」としての本質的なメカニズムを低分子化合物によって模倣するものであります。リハート等の細胞治療が、手術を伴う重症患者向けの治療法であるのに対し、一般的な投薬治療による早期に多数の患者向けの開発品であります。
国立大学法人新潟大学との肝疾患を対象とした共同研究期間を延長し成果の取りまとめを進める一方、大阪大学において消化器外科学分野との成果が国際学術誌に掲載されるとともに第2期共同研究を開始し、また消化器内科学分野との腸疾患に関する研究も継続しております。事業開発面では、早期の事業化及び価値最大化を目指してパートナリングイベントを通じた製薬企業等との連携・導出に向けた活動を展開しており、現在も具体的な協議を継続しております。
以上が、当社が有する研究開発パイプラインとなります。
当社は、日本で発明されたiPS細胞による世界初のヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた最先端の再生医療技術の研究開発及び実用化の実績と経験に裏付けされた高い技術力により、iPS細胞による次世代の再生医療技術はもとより、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンス、受託開発及び受託製造を通じて、国内外の再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与するべく、当社のリソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。リハートによる重度の心筋症に対する治療から、カテーテルを活用した新しい治療技術による軽度の心疾患の治療、さらには体内再生因子誘導剤を用いた心臓以外の多臓器の治療に至るまで、特定の疾患領域に限定せず幅広い対象領域において、再生医療技術の実用化に向けた研究開発を進めております。
(5) CDMO事業
リハートの研究開発・事業化を通じて培った大量培養技術・ノウハウ及び独自の設計コンセプト(日本、米国及び欧州で特許出願済み。)に基づき、効率的かつ実効的な最先端の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を活用し、様々な細胞製品のCDMO事業にも取り組んでおります。CLiC-1は、上記の独自設計コンセプトに加え、製造プロセス開発や非臨床細胞製造が可能なラボを併設しており、これらの施設や技術ノウハウを最大限に活用した製造プロセスの初期検討から非臨床、臨床試験、商用製造に至るまでのスケーラブルな開発をワンストップで進めることを可能としております。これにより、各段階で多大な労力と時間及びコストが強いられる技術移管等を大幅に効率化することに成功し、再生医療技術の開発や安全で安定した治療用細胞の製造及び提供に寄与するため、再生医療等安全性確保法に基づく「特定細胞加工物製造許可」を取得し、2026年5月に改めて「特定細胞加工物等製造施設」として届出しています(施設番号:FC5260014)。大企業が有する大規模な細胞培養加工施設では対象としない、少量製造も対応するのが当社サービスの強みでもあります。小回りの利いたきめの細かいサービスを提供することで、バイオベンチャーからの引き合いも増加しています。
2025年7月には経済産業省の「再生・細胞医療・遺伝子治療製造設備投資支援事業」(以下、「本事業」という。)である令和6年度補正「再生・細胞医療・遺伝子治療製造設備支援事業費補助金(再生CDMO補助金)」に採択されました。
本事業では、再生・細胞医療・遺伝子治療製品を円滑に製造できる能力を国内に確保し、日本の創薬力の強化及び再生・細胞医療・遺伝子治療製品の受託製造業を輸出産業とすることが目的とされています。当社は、細胞の大量培養を目的とした新しい技術の開発を行っており、「新技術導入促進枠」として採択されました。
当社は、本事業において、今後も引き続き高い成長率を伴って拡大すると予測されている再生医療市場のけん引役として期待されているiPS細胞由来製品の受託製造に係るグローバルニーズに応えるとともに、リハートのグローバル展開を見据え供給能力の向上を推進しております。
(6) VMaCS(次世代再生医療モダリティの開発と実用化を可能とする 細胞安定供給バリューチェーンコンソーシアム)
当社は、細胞を用いた次世代モダリティの開発を促進する細胞大量製造システムを開発するための開発共同体(以下、「本コンソーシアム」)を形成し、その開発を中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)にて開始しました。
本コンソーシアムは細胞大量培養システムに係る技術、ノウハウ、知見を呼び込み、そのバリューチェーン構築を促進するためのオープンイノベーションです。
コンソーシアム形成の背景は、ヒトや動物の細胞を用いた技術は、再生医療等製品や医薬品だけでなく培養食肉の開発など、多方面かつグローバルに進展し始めており、これら全てに共通することは大量に細胞を生産する必要があること、さらに大量製造は多様かつ複雑な工程で構成されることから、製造装置及びシステム、そこで利用されるデバイス、原材料等のアプリケーションの開発において、様々な企業が持つ技術や知見を結集する必要があるためです。こうした技術を確立することにより、様々なバイオベンチャーに対しても、協力体制を構築することが可能になります。当社は、リハートの実用化に取り組んでまいりましたが、海外展開まで見据えた場合には、更なる製造能力拡大が必要とされることから、本コンソーシアムの設置に至りました。
当社は、iPS細胞由来再生医療等製品の製造及び品質管理技術、並びに大量製造を実現する独自の細胞培養加工施設の設計技術をもって本コンソーシアムに参加し、参画する各企業と共同で、細胞の大量製造を構成する「培養~回収~充填・分注~凍結~保存」の各工程を統合したプラットフォームシステムと、本システムで利用されるアプリケーションの開発を世界に先駆けて推進しております。本コンソーシアムは、開発拠点を中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)に置き、各社と進めてきた要素技術の開発に基づき、パイロットスケールプラントを設置いたします。さらに本コンソーシアムでは、アプリケーション開発を推進し、継続的かつ持続的な開発を進めると同時に、当社が計画する細胞培養加工施設への導入を行い、商用レベルでの実証を行うことも計画しています。
本コンソーシアムにおける活動の成果は、当社事業への導入はもとより、各社と協力して作り上げたパッケージシステムとして、国内外で活用していきます。加えて、各社の独自事業での利用を促進するオープンイノベーション拠点として本コンソーシアムを位置づけ、今後も特定企業による独占的な開発や、原則的に当社が成果を独占しないことを方針として、今後も様々な技術ノウハウを有する各社との開発を促進して参ります。
このパイロットスケールプラントや研究成果に基づき得られたシステムは、上述の再生CDMO補助金を活用し、日本の創薬力に強化ひいては日本経済の発展に貢献することを目指しております。
(7) その他ビジネス
2023年12月に連結子会社としてクオリプスヘルスケアサイエンス株式会社を設立し、ヘルスケア用製品の原材料の研究開発及び企画推進を行っています。
(8) 今後の展開
当社グループは、リハートの製造販売後調査の体制整備、リハートの移植候補施設への訪問活動及び患者登録準備を優先的に取り組んでまいりますが、リハートの国内販売だけにとどまらず、①国外での心筋細胞シートの販売、②心筋細胞シート(リハート)に次ぐ成長ドライバーとなる製品開発の加速化、③大量培養技術の確立を推進してまいります。
①国外での心筋細胞シートの販売については、これまでに得られた高度な技術及び知見を蓄積した人材、並びに先進的な設備等のリソースを最大限活用することに加え、スタンフォード大学との共同研究を通じて新たな知見を獲得し、第2世代となる心筋細胞シートの開発を推進し、日本だけにとどまらず国外に販売地域を拡大してまいります。
②リハートに次ぐ成長ドライバーとなる製品開発の加速化に関しては、朝日インテック株式会社との共同開発品(カテーテル治療)の研究開発を加速化させると共に、体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)の治験申請に向けた準備を進めてまいります。カテーテル治療はリハートよりも重症度の低い心筋症患者を治療対象としており、朝日インテック株行会社とより強固な関係を構築することで心臓治療領域の拡大に繋げます。また、体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)では、肝臓、大腸及び肺といった心臓以外の臓器へ治療領域を拡大してまいります。リハートは、移植した細胞から分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されますが、これは心筋細胞以外の細胞にも同様の作用があるものと考えております。将来的には、リハートの技術を心臓だけではなく、その他の臓器にも応用することで、様々な部位の疾患に対する治療製品の開発を展開していきたいと考えております。
③大量培養技術の確立に関しては、上記の製品及び開発品を販売するためには、大量の細胞を製造する能力が求められます。また、iPS細胞由来製品の受託製造に係るグローバルニーズに応えるためにも、VMaCSを通じて大量培養技術の開発に取り組み、当社の事業基盤を支える技術として確立してまいります。
[全体事業系統図]

当社グループは、従来の研究開発を中心としたバイオベンチャー企業とは異なり、商業用細胞培養加工施設と技術を活用し、アカデミア、製薬企業、医療機器メーカー等をつなぎ合わせ、探索研究から商用生産までワンストップで提供すること、及び難治性疾患に対するものを含む次世代の治療モダリティや関連するソリューションを創造し提供することを目指しております。
また、再生医療等製品の開発・商業化だけではなく、研究開発ラボと商業用細胞培養加工施設を一体化したCLiC-1を活用し、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンスを推進し、CDMO事業等を通じて再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与すると共に、他のパイプラインとは異なる市場へのアプローチを行い、リソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。
(8) 用語解説等
ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート(以下、「心筋細胞シート」という。)(販売名:リハートⓇ(以下「リハート」という。))は、拡大培養したiPS細胞から心筋細胞への分化誘導(※1)を経て、シート化等の独自技術を用いて作製するもので、現在の標準的な内科的治療や侵襲的治療では治癒しない重症心不全治療を目的とした再生医療等製品です。また、リハートは、他の再生医療等製品(研究開発中の再生医療等製品を含む)と比べ、構成する細胞数が多いため、iPS細胞を心筋細胞へ大量にかつ同時に分化誘導する高い技術が要求されます。当社は、iPS細胞を大量の心筋細胞に分化誘導する技術と、残存する未分化の細胞を定量限界未満のレベルまで除去することにより心筋細胞を高純度に精製する技術を有しています。
なお、当社グループの行う事業は、再生医療等製品事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載を省略しております。
(1) 事業モデル
当社グループは、ヒトiPS細胞由来の再生医療等製品の研究開発及び製造販売、並びに当社独自の設計コンセプトに基づくラボ一体型の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を利用したCDMO事業を主たる事業としております。
当社グループの再生医療等製品の研究開発及び販売に関連する事業は、大学や大手製薬企業との共同研究開発を通じて得られた発明、ノウハウ等の成果物に対して、当社が実施権の許諾を受け事業展開を行うものです。
CDMO事業は、当社が保有するヒトiPS細胞の培養技術やヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造・精製技術等で培った知見と経験を活かし、顧客に対する製造プロセス開発の支援に加え、受託製造による細胞及び原材料としての各種細胞を提供するものです。
(2) 当社事業モデルの特徴
当社は、(ⅰ)大阪大学との共同研究開発により培った再生医療等製品の開発ノウハウ、(ⅱ)大手製薬企業や医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス、(ⅲ)高度な管理技術に基づく細胞製品の製造施設、(ⅳ)シーズから商用生産レベルまで一貫して開発された細胞製造、加工、評価に関する技術ノウハウ、という4点を強みとしております。
(ⅰ) 大阪大学との共同研究開発により培った再生医療等製品の開発ノウハウ
当社は2017年の会社設立後、大阪大学に最先端再生医療学共同研究講座を設置し、ヒトiPS細胞を用いた重症心不全治療の実用化を目的とした共同研究開発を進めてまいりました。
大阪大学は日本有数の心臓移植手術実績を有しており、当社取締役 最高技術責任者であり同大学大学院医学系研究科において長年にわたり心臓血管外科領域で教授を務めた澤芳樹名誉教授は、これまでに心臓手術数1,000例超、心臓移植数100例超、人工心臓手術数400例超の実績を有します。また基礎研究から臨床応用まで20年以上にわたる実績と幅広いノウハウを有しており、骨格筋芽細胞(※2)シートの発明や開発にも携わっていました。大阪大学や澤芳樹最高技術責任者の豊富な経験と確かな技術を基盤とし、スムーズな応用研究及び臨床開発の推進を可能としました。これらの成果として、2026年3月に厚生労働省よりリハートにおける日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得するに至りました。
(ⅱ) 大手製薬企業や医療機器メーカー等との共同研究開発アライアンス
当社は、2017年9月に第一三共株式会社と共同研究開発契約を締結しました。本共同研究開発の目的は、大阪大学大学院医学系研究科において開発されたヒトiPS細胞由来心筋細胞の製造及びシート作製技術と、第一三共株式会社が有するヒトiPS細胞由来心筋細胞の精製技術を融合した再生医療等製品を製品化することであり、虚血性心筋症(ICM)患者を治療対象とした心筋細胞シートの共同研究開発を行ってまいりましたが、2026年3月に厚生労働省から国内における条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。(なお、第一三共株式会社との共同研究開発契約は、2026年3月にリハートが国内における条件及び期限付き製造販売承認を取得したことにより、契約の目的が達成されたため、2026年3月末をもって終了しております。)
また、朝日インテック株式会社とは、次世代の治療モダリティ(※3)の共同開発を行っています。リハートの適応疾患よりも軽度の心疾患に対応するパイプラインとして、カテーテルによる新たな血管内アプローチによりヒトiPS細胞由来細胞を心臓へ移植する治療技術の開発を進めております。同社が有するカテーテル製品開発技術と当社のヒトiPS細胞由来細胞の開発を組み合わせることにより、新しい治療技術を創出します。
さらに、中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)において細胞大量培養システムに係る技術、ノウハウ及び知見を呼び込み、そのバリューチェーンを構築することを目的としたオープンイノベーションとして、細胞を用いた次世代モダリティの開発を促進する細胞大量製造システムを開発するための開発共同体(VMaCS)を組織し、2026年3月末時点で計14の会員と開発活動を行っております。
(ⅲ) 高度な管理技術に基づく細胞製品の製造施設
当社は、リハートで使用する心筋細胞の製造やシート作製工程及びCDMO事業の拠点として、大阪府箕面市に研究施設を一体化した商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を設置し、2020年8月に稼働を開始しました。
本施設は、清浄度が同一グレードのクリーンブースを複数並列化する等の独自の設計コンセプトに基づく局所制御技術(※4)を活用することにより大幅なキャパシティ増加を実現した効率的かつ実効的な最先端の細胞培養加工施設です(日本(特許第7609440号)、米国(特許No.12455083)及び欧州(特許No.4079376)で特許取得済。)。製造プロセス開発から商用生産まで一貫して対応可能なワンストップな施設であり、2021年9月に再生医療等安全性確保法に基づく「特定細胞加工物製造許可」を取得し、2026年5月に改めて「特定細胞加工物等製造施設」として届出(施設番号:FC5260014)しています。さらに、2024年8月に再生医療等製品の製造販売業許可、2025年4月に再生医療等製品の製造業許可を取得しております。製造販売承認後に保険収載申請を行っており、商用生産した製品の出荷を保険収載後に開始する予定です。
本施設では、主にリハートで使用する心筋細胞製造やシート作製を行っておりますが、CDMO事業においても同時利用可能な細胞培養加工施設です。
(ⅳ) シーズから商用生産レベルまで一貫して開発された細胞製造、加工、評価に関する技術ノウハウ
当社は、大阪大学との共同研究開発を通じて、リハートをはじめとする再生医療等製品の開発と商業化に不可欠な以下の技術を有しております。
これらの技術には、自社特許に加え、大阪大学より独占的実施権を受けた特許権(「未分化細胞が除去された分化誘導細胞集団、その利用及びその製造方法」(特許第6938154号、権利者:大阪大学、存続期間満了日:2035年11月6日))及びノウハウ、並びに当社と大阪大学が共有するノウハウが含まれています。特許権及びノウハウの主な内容は以下のとおりです。
・ヒトiPS細胞の安定的な未分化継代培養方法
・ヒトiPS細胞の分化誘導及び分化細胞作製方法(主に心筋細胞)
・ヒトiPS細胞及びiPS細胞由来細胞の大量製造方法
・ヒトiPS細胞由来心筋細胞の高純度精製及び未分化細胞除去方法
・ヒトiPS細胞由来細胞の高効率凍結融解方法
・ヒトiPS細胞由来細胞の加工技術
・ヒトiPS細胞及び分化細胞の分析、特性評価解析法
(3) 当社技術の特徴
① iPS細胞について
iPS細胞は、英語では「induced pluripotent stem cells」と表記され、その頭文字をとって「iPS細胞」と呼ばれています。世界で初めてiPS細胞の作製に成功しノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学の山中伸弥教授により名付けられ、日本語名では「人工多能性幹細胞」と称されます。iPS細胞は、ヒトの体細胞に複数の多能性誘導因子を導入し培養することで作製でき(図1)、ほぼ無限に増殖する能力を持つとともに、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を有します。
図1 iPS細胞の作製の過程
(出所:京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)iPS 細胞研究センター((現)iPS細胞研究所(CiRA))発行 「幹細胞ハンドブック ̶ からだの再生を担う細胞たち」より当社作成)② 研究開発の経緯
大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹名誉教授(当社取締役 最高技術責任者)らの研究グループは、京都大学の山中伸弥教授と2008年から共同研究を開始し、ヒトiPS細胞を用いた重症心筋症患者の治療法について研究開発を進めてきました。
その間、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いて、ブタの虚血性心疾患モデルの心機能を改善させることに成功し、ヒトiPS細胞由来心筋細胞のサイトカイン(※5)の解析や、レシピエント心筋(※6)との電気的・機能的結合による同期拍動等、心機能の改善に関するメカニズムの解析を行ってきました。
そして、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供される医療用ヒトiPS細胞ストックを用いて心筋細胞の製造方法を改良することにより、安全性の高い心筋細胞の大量作製及びそのシート化に成功しました。
リハートの臨床研究は、大阪大学による医師主導治験(※7)により行われ、2020年1月に1例目の移植が行われ、計8例の患者に移植が行われました。2025年4月に厚生労働省に対してリハートの製造販売承認申請を行い、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
③ 心筋細胞シート(販売名:リハート)について
リハートとは、ヒトiPS細胞から作製した心筋細胞を主成分とした他家細胞(※8)加工製品であり、シート状に加工された心筋細胞を心臓に移植します。薬物治療や手術等の標準的な治療を施しても十分に回復しない虚血性心筋症による重症心不全の患者を対象としたものであり、補助人工心臓装置(VAD)(※9)の装着又は心臓移植に至る前の患者が対象になります。
具体的には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から提供されたヒトiPS細胞を心筋細胞に分化誘導した後に精製を行い、未分化iPS細胞を除去した上で凍結保存します。患者への移植スケジュールに合わせてヒトiPS細胞心筋細胞を解凍し、シート化したものを病院へ輸送し、患者の心臓に直接貼付します(図2)。移植されたシートから分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されます。詳細な作用メカニズムは、「④リハートの作用メカニズム」をご参照ください。
現在、薬剤等による内科的治療では回復が見込めない虚血性心筋症による重症心不全患者への治療法は確立されていないため、時間の経過とともに症状が悪化し、最終的な治療手段として補助人工心臓装置の装着又は心臓移植に至ります。しかしながら、心臓移植は深刻なドナー不足や年齢制限があり、補助人工心臓においても感染症や脳神経障害のリスク、また生涯にわたるQOL(生活の質)の課題が伴います。
リハートは、従来の内科的治療や手術では改善が見込めない患者に対して、補助人工心臓装置の装着又は心臓移植が必要な状態となるまでの病態の進行を抑制することを期待したものであり、従来の製品ではカバーできないアンメットメディカルニーズ(有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズ)に応える日本発、そして世界初のiPS細胞による再生医療等製品です(図3)。
図2 リハートの作製手順
(出所:大阪大学提供資料をもとに当社作成)図3 リハートの期待される効果(イメージ)
(出所:当社作成資料)④ リハートの作用メカニズム
リハートの作用メカニズムは、これまでに実施されたin vitro(試験管内)実験及び大小動物を用いたin vivo(生体内)実験に基づく数多くの基礎的研究から、以下のように推定されています。
・移植した細胞から分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されます。
・心筋細胞を主構成体とするリハートが、移植後に患者の心臓と機能的及び電気的に結合し、患者の心臓と同期して収縮弛緩することにより、患者の心臓の機能を力学的にサポートする。
これらの作用により、虚血等で休眠している患者の心筋細胞を刺激して活性化させ、心筋細胞の再生を目指すものです(図4)。
図4 リハートの作用メカニズム
(出所:当社作成資料)上記の期待される効果を得るためには、移植後一定期間(約3か月)、患者の免疫拒絶を回避し、移植したシート内の細胞を生存させるため、免疫抑制剤を投与し、一時的に拒絶反応を抑制する必要があります。しかし、大阪大学では免疫抑制剤を漸減させながら治療効果を維持する方法を開発しました。これにより、免疫抑制剤による腎臓障害等を最小限に抑え、移植後に残存する細胞に起因する腫瘍化リスクを低減できるとともに、患者が生涯にわたって免疫抑制剤を投与される必要がなくなります。特に新型コロナウイルス感染症のような感染症流行時には、免疫抑制剤使用による免疫機能低下がもたらす感染及び重症化リスクを軽減できる点で大きな利点があります。
⑤ 他家細胞であるiPS細胞の特徴
a.他家のヒトiPS細胞を用いることのメリット・デメリット
(メリット)
・自家移植の場合には患者から細胞を採取するための外科的侵襲(※10)を伴いますが、他家移植の場合には細胞を採取する必要がなく、患者の負担がより小さくなります。
・自家移植は、患者自身の細胞を採取し、その細胞を細胞培養施設で培養して初めて移植することができるため 、採取から移植可能となるまでに時間を要します。一方、他家移植である心筋細胞シートの場合は、事前に健康なボランティアより血液の提供を受け、細胞培養施設において再生医療用のiPS細胞を作製しストックしています。その後、心筋細胞への分化のし易さを確認し、対象疾患に対する有効性及び安全性の確認を厳重に済ませたiPS細胞だけを増やしてバンク化しておき、事前に細胞培養施設で心筋細胞を培養して保管しておくことで、急な移植スケジュールであっても、速やかにシートの製造を行い、医療機関や研究機関に迅速に製品を提供できます。
・自家移植の場合、患者から細胞を採取するため、患者の年齢や容体によって細胞の状態が大きく異なり、必要な質で必要な数の細胞を得ることが困難な場合があります。一方で、他家細胞であるiPS細胞を用いることで、一定の品質で大量の細胞を治療に用いることができます。
・自家移植の場合、作製した細胞は患者本人にしか用いることができないため、その有効性や安全性の確立には多くの症例が必要で、多大な労力と時間を要します。一方、他家移植では、作製した細胞を多くの患者に使用することが可能となり、自家細胞と比較して有効性と安全性の確立を進めやすいと言えます。
・総じて、他家移植とすることで、自家移植に比べて、広く多くの患者を対象にすることができ、まとめて輸送出来るメリットを活かして国内だけでなく海外への展開も期待できます。
(デメリット)
・他家移植の場合、自身の細胞に由来しない細胞を移植するため、患者の持つ免疫機能により拒絶反応が生じます。これを抑えるため、移植後一定期間は免疫抑制剤の投与が必要となり、その間、患者の免疫が低下し、疾病に罹患するリスクが上昇します。自家移植の場合は、患者自身の細胞由来であるため、このような問題は大幅に少なくなります。
b.当社技術の課題と対応
リハートによる再生医療・細胞治療の研究開発過程で、再生医療等製品特有の対処すべき課題がありました。しかし、大阪大学及び第一三共株式会社との共同研究成果に基づき、以下のような対応策を講じています。
| 課題 | 対応 |
| 最終製品として生きた細胞を用いることから滅菌処理ができないため、製造工程における微生物等の不純物混入リスクに対する高度な品質管理方法の確立 | 先進的な局所クリーン技術を活用した細胞培養加工施設における厳密な衛生管理により、微生物汚染リスクを徹底的に抑制した安定的な生産体制を構築している。 |
| 無限増殖能を有するiPS細胞を用いることにより生じる癌化リスク | 当社独自の未分化iPS細胞の除去精製技術により、未分化のiPS細胞が残存することによる癌化リスクの軽減化を図っている。大阪大学で実施する医師主導治験において、本製品を移植した患者から本製品に由来する腫瘍が確認されたという報告はなされていない。 |
| 患者の自己細胞を用いる場合に生じる細胞採取に伴う侵襲の増加、品質の不安定化及び移植までの期間の長期化 | 移植する細胞は他家のヒトiPS細胞由来であるため、患者から原料となる細胞を採取するという外科的処置が不要になると共に、患者の年齢や容体等による品質のばらつきが解消される。また、生産工程の長期化については、他家のヒトiPS細胞を用いるため、分化誘導した心筋細胞を予め凍結保存しておくことが可能となる。その凍結した心筋細胞をシート化するために要する生産期間は数日程度であり、移植スケジュールを早期にかつ柔軟に設定することが可能となる。 |
| 他人から得られたドナー細胞を用いる場合に生じる免疫拒絶 | 他家のヒトiPS細胞を用いるため、本製品を移植した患者は免疫抑制剤の使用が不可避ではあるものの、短期間の投薬のみで効果が期待される治療技術が大阪大学で開発されている。 |
| 保存・輸送等の制約 | 当社が独自に開発した温度管理技術等により、日本国内においてはシート上にした心筋細胞を生きたまま安定的に輸送及び保存するが可能となる。 |
c.当社技術の強み
当社技術の最大の強みは、患者に移植した細胞の癌化リスクの徹底的な軽減です。これは、心筋細胞への分化誘導工程において残存する未分化のiPS細胞を、高度にかつ効率的に除去することができる当社独自の精製方法によるものです。一般的にiPS細胞は癌化するリスクがあると言われますが、最大の原因はiPS細胞が獲得した無限増殖能であり、様々な細胞へ分化誘導するプロセスにおいて目的の細胞に分化せず、未分化の状態のまま数多く残存すると、それだけ癌化するリスクが高まります。当社では、大阪大学と第一三共株式会社の技術を融合し、複数の工程で構成し最適化された独自の未分化細胞除去技術を用いており、2020年1月より開始された医師主導治験において、現段階において癌化した事象の報告を確認しておりません。
また、当社のリハートは、シート化したヒトiPS細胞由来心筋細胞を患者の心臓の表面に貼付するだけで、穿刺等の心臓に直接的なダメージを与え得る侵襲を伴わないことから、不整脈が発生するリスクを最小限化することを可能にしております。さらに、手術自体もバイパス手術等とは異なり開胸手術ではなく、左肋間に7センチ程度の比較的小さな隙間を空け、その隙間からシートを挿入する手術です。通常のバイパス手術が4時間程度要するのに対し、シートの移植手術は50分程度で完了することが可能で、患者への侵襲を限りなく小さくするとともに、執刀医の負担も大幅に軽減されることが期待されます。
最後に、当社技術の大きな特徴としては、シート形状で長距離輸送が可能である点です。凍結細胞の冷凍輸送ではなく、凍結細胞を解凍・培養してシート化した状態のまま常温帯で輸送した場合でも、シート内の細胞が一定期間生存しており、例えば大阪府箕面市にある当社の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」から東京の医療機関まで、トラック等で輸送することが可能です。また、輸送する際に心筋細胞シートを保護する役割を持たせるためゼラチンゲルで包埋しており、常温帯で2日はシートの形状と細胞の生存を保ったまま輸送することができます。さらに、シート形状のまま輸送可能であるということは、移植を行う医療機関側において、シートを包埋しているゲルを融解、除去した後、洗浄液を用いて心筋細胞シートを洗浄することで移植が可能となり、医療機関の負担も大幅に低減することが可能となることを意味します。
(4) 研究開発パイプライン
① 心疾患について
当社が国内での製造販売承認を取得したリハートは、心疾患治療に対するものですが、心疾患は非常に広い概念です。心臓は全身に血液を送り出す役割を担っておりますが、この重要な担い手が心臓の筋肉(心筋)です。
心筋は他の筋肉と同様、伸縮することで全身に血液を送り出しますが、心疾患は何らかの原因で心筋に障害が発生することで心筋の伸縮(心臓のポンプ機能)がうまく働かなくなった状態を指します。
当社は、心疾患の中でも「薬物治療や手術等の標準的な治療を施しても十分に回復しない虚血性心筋症(ICM)による重症心不全の患者」に対する新規の治療法とするため、リハートの開発・実用化に取り組みました。
虚血性心筋症とは、心臓に栄養を与えている血管(冠動脈)が動脈硬化等によって狭くなり(冠動脈狭窄)、詰まること(閉塞)により、心筋に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなることで起こる心筋梗塞や狭心症など心筋障害の程度が高度な心疾患です。一時的にでも完全に血流が途絶えると、心筋の機能が低下した状態が続くことになり、この状態を「虚血性心筋症」と呼びます。
心筋細胞シートの対象患者は、薬物治療や侵襲的治療を含む標準治療で効果不十分な虚血性心筋症患者でありますが、日本における虚血性心筋症患者数は、厚生労働省が公表した2023年(令和5年)の「令和5年患者調査 全国編」によると、年間3,000人でした。
米国における虚血性心筋症患者数は詳細な統計データがないため、日本及び米国の心不全患者数から推計します。日本での心不全患者数は、公益財団法人日本心臓財団によると、2020年には約120万人に達すると推計されています。一方、米国は、America Heart Assosiationの2026 Heart Disease and Stroke Statistics Update Fact Sheet At-a-Glanceによると、2021年~2023年では約770万人の心不全患者が存在します。したがって、米国は日本と比べ、約6.4倍の心不全患者が存在することから、米国における虚血性心筋症患者数は年間約19,300人と推計されますが、米国は食生活から生じる肥満、糖尿病等の生活習慣病の割合が日本と比べて高いことを踏まえると、さらに多くの虚血性心筋症患者が存在することが予想されます。
公益社団財団法人日本臓器移植ネットワークによると、2026年3月末時点で心臓移植希望登録者は789人となっており、これらを勘案すると当社製品の対象患者は相当数存在すると考えられます。
② 研究開発パイプラインの状況
当社の研究開発パイプラインとその進捗状況は以下のとおりです(図5)。
図5 研究開発パイプライン

心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心筋症(国内)、販売名:リハート)
当社では、設立時より虚血性心筋症(ICM)を対象とした心筋細胞シートの研究開発を進めておりましたが、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
リハートの条件及び期限付き製造販売承認の取得までの流れを以下に説明します。
リハートについては、大阪大学による医師主導治験(CVSC0005試験)が行われました。前半(コホートA)3症例と後半(コホートB)5症例の計8症例について、移植実施後12か月間の経過観察結果を取りまとめ、2025年4月に厚生労働省に対し、製造販売承認申請を行いました。その後、厚生労働省及び医薬品医療機器総合機構(PMDA)による申請資料の審査やGCTP適合性調査に対応いたしました。GCTP適合性調査とは、国内外の製造所に対して、その製造設備に加え、製造管理及び品質管理の手法が再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準であるGCTP(Good Gene, Cellular, and Tissue-based Products Manufacturing Practice)に適合しているかどうかを調査するものであり、当社の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」に対して調査が行われました。そして、2026年3月に厚生労働省より日本での条件及び期限付き製造販売承認を取得しました。
また、2025年10月に厚生労働省より希少疾病用再生医療等製品に指定されました。希少疾病用再生医療等製品の指定制度は、医療上特にその必要性が高いもの等を条件に厚生労働大臣が指定するものであり、その指定を受けることで、PMDA 等による指導・助言等の支援措置を受けることができるようになるものです。さらには、希少疾病用製品の指定を受けた品目は、保険償還価格算定時の加算の対象となっております。
再生医療等製品については、承認制度として2014年に「条件及び期限付承認制度」が創設されました。「条件及び期限付承認制度」とは、治験の対象患者の集積が難しいことや、対象製品の品質の不安定性等の理由により、臨床第Ⅲ相(PⅢ)試験といった検証的臨床試験の実施に長期間を要するような医薬品、医療機器及び再生医療等製品について、少数例の治験データに基づき、安全性が確認され、一定の有効性が見込まれる製品を一定条件と期限を付したうえで早期に承認し、販売後に有効性を評価する制度です(図6)。
リハートもこれらの性質を有するため、本制度を活用して条件及び期限を付した上での製造販売承認を取得することになりました。
リハートにおける条件及び期限では、条件及び期限付承認後に改めて行う本品の製造販売承認申請までの期間中(7年間)、本品を使用する全症例(75例)を対象とした製造販売後調査等により製造販売後承認条件評価を行うことを求められております。
図6 再生医療等製品の承認制度と当社の承認申請の状況

有効性については、標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全患者8例を対象とした国内医師主導治験において評価されました。本試験では、移植後52週時点において、NYHA(※11)心機能分類は8例中8例、6分間歩行距離(6MWD)及び最高酸素摂取量(Peak VO₂)はそれぞれ8例中4例で改善が認められました。また、心臓外科医1名及び循環器内科医2名で構成される効果安全性評価委員会による総合評価では、移植後52週時点において8例全例が「有効」と判定されました。
これらの結果等を踏まえ、独立行政法人医薬品医療機器総合機構は、提出された資料から、本品について標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全に対する一定の有効性は期待できると判断しています。一方で、本試験は少数例を対象とした非盲検試験(※12)であり、現時点で得られている情報は限られていることから、製造販売承認後も本品を使用する全症例を対象とした製造販売後調査等により、有効性及び安全性を継続的に評価していく予定です。
安全性については、本試験において、本品の副作用及び重篤な副作用は認められませんでした。有害事象は8例中7例に、重篤な有害事象は8例中5例に認められましたが、死亡に至った有害事象、本品の副作用及び重篤な副作用は認められず、重篤な有害事象はいずれも回復し、本品との因果関係はいずれも否定されています。また、腫瘍化リスクについては、非臨床試験において造腫瘍性を示唆する所見は認められておらず、独立行政法人医薬品医療機器総合機構は、本品の安全性は許容可能と判断しています。
心筋細胞シート(対象疾患:虚血性心筋症(海外))
虚血性心筋症(ICM)を対象とした心筋細胞シートの開発については、国内だけでなく海外での製造販売承認の取得を計画しております。
米国での製造販売取得に向け、米国における当社製品の研究開発、事業化及び将来のパートナー探索等の現地活動強化を目的に、経済産業省が米国カリフォルニア州パロアルトに設立したビジネス拠点「ジャパン・イノベーション・キャンパス」内に連結子会社としてiReheart Inc.を設立いたしました。
2024年12月には、スタンフォード大学心臓胸部外科と共同研究開発契約を締結し、既存の心筋細胞シートを米国向けに改良した製品及び新しいコンセプトのiPS細胞由来製品の開発を行う予定であり、心筋梗塞ブタの心臓に移植する動物実験からなる共同研究プログラムを実施しています。本大学病院は、2024年-2025年の「U.S. News & World Report」誌の Best Hospitals Honor Roll特集号において、循環器科、心臓・血管外科、肺・呼吸器外科で全米トップの病院の一つに選ばれています。本共同研究を通じ、米国食品医薬品局(以下、「FDA」という。)への治験薬申請に使用するデータを収集し、米国での治験の実施を目指してまいります。
米国向けに改良した製品に関しては、FDAと治験許可申請前相談会議(pre IND会議)を行いました。品質・前臨床・臨床の全般にわたり本製品の開発計画をFDAと協議し、First-in-Human試 験の計画概要を含めた今後の方針について概ね合意を得ることができ、米国での治験許可申請(IND申請)に向け た準備を進めております。
米国以外の国・地域においては、インドネシア、オーストラリア、シンガポール、中東及び欧州等でも販売を目指し、海外病院等との連携や当局との相談準備を進めております。
カテーテル
リハートと比べ、軽度の心疾患に対応するパイプラインとして、カテーテルによる新たな血管内アプローチによりヒトiPS細胞由来細胞を心臓へ移植する治療技術の開発を、朝日インテック株式会社との共同開発により進めております。同社が有するカテーテル製品開発技術と当社のヒトiPS細胞由来細胞の開発を組み合わせることにより、新しい治療技術を創出します。
本製品は、循環器内科医が急性心筋梗塞(AMI)(※13)・慢性完全閉塞性病変(CTO)(※14)等の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)(※15)と併用することによって、開胸等の新たな侵襲を患者に加えることなく、心機能の回復を高める治療技術を目指しております。
日本におけるカテーテル治療の市場規模は年間30万件を超えており(出所:日本循環器学会)、循環器内科における心疾患の治療法として位置付けられています。
日本におけるカテーテル治療
(単位:件)
| 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | 2024年 | |
| 緊急PCI | 76,807 | 78,420 | 79,472 | 76,075 | 76,665 | 77,949 | 80,057 |
| 待機的PCI | 201,478 | 192,670 | 187,960 | 171,916 | 172,789 | 165,567 | 165,095 |
| AMI患者へのPCI | 54,085 | 56,713 | 56,666 | 55,995 | 55,525 | 56,856 | 58,316 |
| 補助LVAD | 260 | 250 | 342 | 329 | 315 | 327 | 399 |
| 合計 | 332,630 | 328,053 | 324,440 | 304,315 | 305,294 | 300,699 | 303,867 |
(出所:日本循環器学会「循環器疾患診療実態調査 報告書」をもとに当社作成)
朝日インテック株式会社との共同研究開発では、カテーテル及び投与する細胞の研究開発が順調に進捗し、小動物でのPoC(概念実証:Proof of Concept)を確立しました。現在は、大動物でのPoC確立に向け、大動物実験を行っており、PMDA申請準備や米国展開を進めてまいります。
体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)
オキシム誘導体(YS-1301)を低用量使用することにより、組織の再生を促進する各種体内再生因子(肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)、ストローマ由来因子(SDF-1)(※16)、骨髄細胞動員因子(HMGB1)等)が誘導される薬理作用に基づき、細胞保護、抗線維化、抗炎症作用による血管新生、組織再生が期待されます。具体的には、肝硬変、非アルコール性脂肪肝炎(※17)、肝臓疾患、腸疾患、慢性閉塞性肺疾患(※18)、肺高血圧症等への治療薬としての開発を目指します。オキシム誘導体をごく低用量使用する治療薬とすることから、安全性の担保がなされているのも特徴となります。また、本案件は、開発済の化合物を活用するドラッグリポジショニング(※19)であり、効率的な開発、製品化を目指すものです。
体内再生因子誘導剤は、組織の再生を狙う低分子化合物であり、細胞治療が持つ「自然治癒力のブースター」としての本質的なメカニズムを低分子化合物によって模倣するものであります。リハート等の細胞治療が、手術を伴う重症患者向けの治療法であるのに対し、一般的な投薬治療による早期に多数の患者向けの開発品であります。
国立大学法人新潟大学との肝疾患を対象とした共同研究期間を延長し成果の取りまとめを進める一方、大阪大学において消化器外科学分野との成果が国際学術誌に掲載されるとともに第2期共同研究を開始し、また消化器内科学分野との腸疾患に関する研究も継続しております。事業開発面では、早期の事業化及び価値最大化を目指してパートナリングイベントを通じた製薬企業等との連携・導出に向けた活動を展開しており、現在も具体的な協議を継続しております。
以上が、当社が有する研究開発パイプラインとなります。
当社は、日本で発明されたiPS細胞による世界初のヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた最先端の再生医療技術の研究開発及び実用化の実績と経験に裏付けされた高い技術力により、iPS細胞による次世代の再生医療技術はもとより、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンス、受託開発及び受託製造を通じて、国内外の再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与するべく、当社のリソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。リハートによる重度の心筋症に対する治療から、カテーテルを活用した新しい治療技術による軽度の心疾患の治療、さらには体内再生因子誘導剤を用いた心臓以外の多臓器の治療に至るまで、特定の疾患領域に限定せず幅広い対象領域において、再生医療技術の実用化に向けた研究開発を進めております。
(5) CDMO事業
リハートの研究開発・事業化を通じて培った大量培養技術・ノウハウ及び独自の設計コンセプト(日本、米国及び欧州で特許出願済み。)に基づき、効率的かつ実効的な最先端の商業用細胞培養加工施設「CLiC-1」を活用し、様々な細胞製品のCDMO事業にも取り組んでおります。CLiC-1は、上記の独自設計コンセプトに加え、製造プロセス開発や非臨床細胞製造が可能なラボを併設しており、これらの施設や技術ノウハウを最大限に活用した製造プロセスの初期検討から非臨床、臨床試験、商用製造に至るまでのスケーラブルな開発をワンストップで進めることを可能としております。これにより、各段階で多大な労力と時間及びコストが強いられる技術移管等を大幅に効率化することに成功し、再生医療技術の開発や安全で安定した治療用細胞の製造及び提供に寄与するため、再生医療等安全性確保法に基づく「特定細胞加工物製造許可」を取得し、2026年5月に改めて「特定細胞加工物等製造施設」として届出しています(施設番号:FC5260014)。大企業が有する大規模な細胞培養加工施設では対象としない、少量製造も対応するのが当社サービスの強みでもあります。小回りの利いたきめの細かいサービスを提供することで、バイオベンチャーからの引き合いも増加しています。
2025年7月には経済産業省の「再生・細胞医療・遺伝子治療製造設備投資支援事業」(以下、「本事業」という。)である令和6年度補正「再生・細胞医療・遺伝子治療製造設備支援事業費補助金(再生CDMO補助金)」に採択されました。
本事業では、再生・細胞医療・遺伝子治療製品を円滑に製造できる能力を国内に確保し、日本の創薬力の強化及び再生・細胞医療・遺伝子治療製品の受託製造業を輸出産業とすることが目的とされています。当社は、細胞の大量培養を目的とした新しい技術の開発を行っており、「新技術導入促進枠」として採択されました。
当社は、本事業において、今後も引き続き高い成長率を伴って拡大すると予測されている再生医療市場のけん引役として期待されているiPS細胞由来製品の受託製造に係るグローバルニーズに応えるとともに、リハートのグローバル展開を見据え供給能力の向上を推進しております。
(6) VMaCS(次世代再生医療モダリティの開発と実用化を可能とする 細胞安定供給バリューチェーンコンソーシアム)
当社は、細胞を用いた次世代モダリティの開発を促進する細胞大量製造システムを開発するための開発共同体(以下、「本コンソーシアム」)を形成し、その開発を中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)にて開始しました。
本コンソーシアムは細胞大量培養システムに係る技術、ノウハウ、知見を呼び込み、そのバリューチェーン構築を促進するためのオープンイノベーションです。
コンソーシアム形成の背景は、ヒトや動物の細胞を用いた技術は、再生医療等製品や医薬品だけでなく培養食肉の開発など、多方面かつグローバルに進展し始めており、これら全てに共通することは大量に細胞を生産する必要があること、さらに大量製造は多様かつ複雑な工程で構成されることから、製造装置及びシステム、そこで利用されるデバイス、原材料等のアプリケーションの開発において、様々な企業が持つ技術や知見を結集する必要があるためです。こうした技術を確立することにより、様々なバイオベンチャーに対しても、協力体制を構築することが可能になります。当社は、リハートの実用化に取り組んでまいりましたが、海外展開まで見据えた場合には、更なる製造能力拡大が必要とされることから、本コンソーシアムの設置に至りました。
当社は、iPS細胞由来再生医療等製品の製造及び品質管理技術、並びに大量製造を実現する独自の細胞培養加工施設の設計技術をもって本コンソーシアムに参加し、参画する各企業と共同で、細胞の大量製造を構成する「培養~回収~充填・分注~凍結~保存」の各工程を統合したプラットフォームシステムと、本システムで利用されるアプリケーションの開発を世界に先駆けて推進しております。本コンソーシアムは、開発拠点を中之島未来医療国際拠点(Nakanoshima Qross)に置き、各社と進めてきた要素技術の開発に基づき、パイロットスケールプラントを設置いたします。さらに本コンソーシアムでは、アプリケーション開発を推進し、継続的かつ持続的な開発を進めると同時に、当社が計画する細胞培養加工施設への導入を行い、商用レベルでの実証を行うことも計画しています。
本コンソーシアムにおける活動の成果は、当社事業への導入はもとより、各社と協力して作り上げたパッケージシステムとして、国内外で活用していきます。加えて、各社の独自事業での利用を促進するオープンイノベーション拠点として本コンソーシアムを位置づけ、今後も特定企業による独占的な開発や、原則的に当社が成果を独占しないことを方針として、今後も様々な技術ノウハウを有する各社との開発を促進して参ります。
このパイロットスケールプラントや研究成果に基づき得られたシステムは、上述の再生CDMO補助金を活用し、日本の創薬力に強化ひいては日本経済の発展に貢献することを目指しております。
(7) その他ビジネス
2023年12月に連結子会社としてクオリプスヘルスケアサイエンス株式会社を設立し、ヘルスケア用製品の原材料の研究開発及び企画推進を行っています。
(8) 今後の展開
当社グループは、リハートの製造販売後調査の体制整備、リハートの移植候補施設への訪問活動及び患者登録準備を優先的に取り組んでまいりますが、リハートの国内販売だけにとどまらず、①国外での心筋細胞シートの販売、②心筋細胞シート(リハート)に次ぐ成長ドライバーとなる製品開発の加速化、③大量培養技術の確立を推進してまいります。
①国外での心筋細胞シートの販売については、これまでに得られた高度な技術及び知見を蓄積した人材、並びに先進的な設備等のリソースを最大限活用することに加え、スタンフォード大学との共同研究を通じて新たな知見を獲得し、第2世代となる心筋細胞シートの開発を推進し、日本だけにとどまらず国外に販売地域を拡大してまいります。
②リハートに次ぐ成長ドライバーとなる製品開発の加速化に関しては、朝日インテック株式会社との共同開発品(カテーテル治療)の研究開発を加速化させると共に、体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)の治験申請に向けた準備を進めてまいります。カテーテル治療はリハートよりも重症度の低い心筋症患者を治療対象としており、朝日インテック株行会社とより強固な関係を構築することで心臓治療領域の拡大に繋げます。また、体内再生因子誘導剤(YSシリーズ)では、肝臓、大腸及び肺といった心臓以外の臓器へ治療領域を拡大してまいります。リハートは、移植した細胞から分泌されるサイトカインと呼ばれる特有の因子を産出することにより、心筋梗塞部位近傍の血管新生を促進し、虚血部位を修復することで(パラクライン効果)、患者自身の心筋の状態を改善させ、心機能や運動耐容能を改善・維持することが期待されますが、これは心筋細胞以外の細胞にも同様の作用があるものと考えております。将来的には、リハートの技術を心臓だけではなく、その他の臓器にも応用することで、様々な部位の疾患に対する治療製品の開発を展開していきたいと考えております。
③大量培養技術の確立に関しては、上記の製品及び開発品を販売するためには、大量の細胞を製造する能力が求められます。また、iPS細胞由来製品の受託製造に係るグローバルニーズに応えるためにも、VMaCSを通じて大量培養技術の開発に取り組み、当社の事業基盤を支える技術として確立してまいります。
[全体事業系統図]

当社グループは、従来の研究開発を中心としたバイオベンチャー企業とは異なり、商業用細胞培養加工施設と技術を活用し、アカデミア、製薬企業、医療機器メーカー等をつなぎ合わせ、探索研究から商用生産までワンストップで提供すること、及び難治性疾患に対するものを含む次世代の治療モダリティや関連するソリューションを創造し提供することを目指しております。
また、再生医療等製品の開発・商業化だけではなく、研究開発ラボと商業用細胞培養加工施設を一体化したCLiC-1を活用し、アカデミアによる有望なシーズの実用化支援、様々な周辺技術を開発する企業等との共同研究開発アライアンスを推進し、CDMO事業等を通じて再生医療分野の迅速かつ健全な普及発展に寄与すると共に、他のパイプラインとは異なる市場へのアプローチを行い、リソースを最大限に活用した積極的な事業展開を進めてまいります。
(8) 用語解説等
| ※1 | 分化誘導 | 幹細胞を異なる細胞種に変化させること。 |
| ※2 | 骨格筋芽細胞 | 骨格筋内に存在する未分化性の細胞であり、発生期や再生期に増殖して筋細胞に分化する細胞。 |
| ※3 | 治療モダリティ | 治療技術や手段の意味。モダリティは「様式」といった意味があるが、医療分野では、技術の方法や手段の分類を指す。 |
| ※4 | 局所制御技術 | 開口部に扉を設けないことで、開口部からブース外へ一方向の気流を形成させ、再生医療等製品の製造を行うエリアを高い清浄度に保つ技術。ダイダン株式会社が開発したクリーンブースに当該技術が導入されている。 |
| ※5 | サイトカイン | さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。 |
| ※6 | レシピエント心筋 | レシピエントとは、臓器移植等における臓器の受容側を指す。この場合、動物実験におけるヒトiPS細胞由来心筋細胞を受け入れた動物の心筋を指す。 |
| ※7 | 医師主導治験 | 製薬企業が主体的に行う企業治験に対して、医師が自ら治験を行うこと。2003年の薬事法改正により、医師主導治験が可能となっている。医師主導治験においても、企業が治験薬や資金等を提供するなどの支援は可能であるが、治験準備から試験の実施、試験結果の結論付けなどは治験責任医師が実施することであり、治験の根本に係るプロセスに企業は関与しないことが原則である。したがって、治験を実施した医師等が報告・公表するまで、企業は試験の実施状況や結果などの情報を得ることは困難である。 |
| ※8 | 他家細胞 | 患者以外の別の方の細胞。他家細胞に対し、患者自身の細胞は自家細胞という。 |
| ※9 | 補助人工心臓装置(VAD) | 様々な原因により急性あるいは慢性の経過から重度の心不全状態(急性心原性ショックを含む)に陥ってしまった心臓の代わりとして、血液循環を補助するポンプ機能を補う医療機器。VADは、Ventricular Assist deviceの略。 |
| ※10 | 侵襲 | 医学的には、生体の恒常性を乱す事象のこと。怪我、病気に加え、手術、投薬等の医療行為による影響を意味する。 |
| ※11 | NYHA | ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)の略称。 NYHA心機能分類は、NYHAが心機能を重症度に応じて、以下の四つに分類したもの。 I度:心疾患を有するが、そのために身体活動が制限されることのない患者 Ⅱ度:心疾患を有し、安静時には無症状であるが、通常の活動で疲労、動悸、呼吸困難、狭心症になる患者 Ⅲ度:心疾患を有し、身体活動が高度に制限される患者であり、通常以下の活動で疲労、動悸、呼吸困難、狭心症になる患者 Ⅳ度:非常に軽度な活動や安静時でも心不全や狭心症を起こす患者 |
| ※12 | 非盲検試験 | 治験において患者・医師ともにどのような治験薬が服用されているかを把握している状態で実施される試験方法。 |
| ※13 | 急性心筋梗塞(AMI) | 心臓の血管が詰まり血流が止まることで、心筋に酸素と栄養が十分に供給されないことで心筋が壊死した状態となる病気。体内に酸素等が十分に供給されなくなることで、致死的な状態となる可能性がある。AMIはAcute myocardial infarctionの略。 |
| ※14 | 慢性完全閉塞性病変(CTO) | 心臓の冠動脈が3か月以上にわたり完全に閉塞し、血流が止まっている状態。CTOはChronic Total Occlusionの略。 |
| ※15 | 経皮的冠動脈インターベンション(PCI) | 虚血性心疾患に対して、冠動脈内腔の狭窄部分にカテーテルを使用して拡張する治療法。PCIはPercutaneous Coronary Interventionの略。 |
| ※16 | ストローマ由来因子(SDF-1) | ストローマ(Stromal Cell)とは、臓器の結合組織の細胞であるストローマ細胞を指す。ストローマ細胞から派生する因子の意。SDFはStromal Cell-Derived Factorの略。 |
| ※17 | 肝硬変・非アルコール性脂肪肝炎 | 非アルコール性脂肪性疾患の一部。脂肪変性、炎症、肝細胞障害等を伴う。病状が進行した場合、肝硬変や肝臓がんにもつながる。 |
| ※18 | 慢性閉塞性肺疾患 | タバコ等の有害物質を長期吸引することで発症する病気。以下のような症状を伴う。① 気管支に炎症がおき咳や痰が出る、気管支が細くなることによって空気の流れが低下する。② 気管支の奥にあるぶどうの房状の肺胞が破壊され、酸素の取り込みやCO2の排出する機能が低下する。 |
| ※19 | ドラッグリポジショニング | 既存薬再開発とも言う。開発済の薬や化合物を、別の疾患治療用に開発を行うもの。ゼロから開始する新薬開発に比べ、安全性や危険性が明らかになっていること、開発にかかる費用の削減や時間の短縮が可能となること等の利点があげられる開発手段。 |