有価証券報告書-第42期(平成26年4月1日-平成27年3月31日)

【提出】
2015/06/25 11:58
【資料】
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【項目】
103項目

沿革

昭和13年5月、現会長木山茂年の父である故木山鹿次郎が東京都葛飾区新小岩1丁目に荒物雑貨店を開業。昭和23年7月、個人営業を「合資会社丸二商会」に変更。昭和31年10月、東京都葛飾区に家具販売を業とする支店を開設。昭和42年3月、千葉県船橋市に鞄・袋物販売を業とする支店を開設。昭和44年7月、東京都葛飾区の荒物雑貨店をハンドバッグ専門店に業態変更。昭和44年12月、東京都北区にハンドバッグ専門店をテナント出店し、多店舗展開を開始。
年月概要
昭和49年8月東京都葛飾区新小岩1丁目にて株式会社東京デリカ(資本金40,000千円)を設立。
昭和50年2月合資会社丸二商会から家具販売業を除く、全部門(鞄、袋物、革コート、毛皮、靴及び雑貨)の営業を譲受。
昭和51年9月福岡市中央区「天神地下街」に九州地区第1号店を開設。
昭和52年4月千葉県松戸市「松戸駅ビル」に駅ビル内店舗第1号店を開設。
昭和54年2月業種の相違から、靴部門を独立運営するため、株式会社シューズデリカ(資本金8,000千円、持株比率75%)を設立。
昭和54年10月グループ2社(当社及び株式会社シューズデリカ)の店舗数が50店舗を達成。
昭和56年3月業務拡大に伴い、本社を東京都葛飾区新小岩2丁目に移転。
昭和57年4月青森県弘前市「弘前駅ビル」に東北地区第1号店を開設。
昭和58年7月販売戦略上、関西地区を独立運営するため、株式会社関西デリカ(資本金5,000千円、持株比率80%)を設立。
昭和58年8月株式会社関西デリカに関西地区の営業を譲渡。
昭和58年10月徳島県徳島市内のショッピングセンター「アミコ」に四国地区第1号店を開設。
昭和61年2月営業部門の強化を図るため、販売部制度を導入。ブロック長職を設置。
昭和61年8月事務の合理化と迅速化を図るため、本社にコンピュータを導入。
昭和62年6月グループ3社(当社、株式会社関西デリカ及び株式会社シューズデリカ)の店舗数が100店舗を達成。
昭和63年6月愛知県犬山市内のショッピングセンター「キャスター」に中京地区第1号店を開設。
平成元年7月札幌市北区「札幌駅ビル」に北海道地区第1号店を開設。
平成2年4月広島市西区内のショッピングセンター「アルパーク」に中国地区第1号店を開設。
平成3年1月業容拡大に伴い、本社を商品部と管理部門とに分離し、管理部門を東京都葛飾区新小岩1丁目に移転。
平成3年2月営業力強化及び管理の一元化のため、株式会社関西デリカ及び株式会社シューズデリカを合併。
平成3年12月管理強化のため、店舗へのコンピュータシステムの導入を開始。
平成4年11月千葉県船橋市にロードサイド型店舗第1号店を開設し、これにより店舗数が200店舗を達成。
平成6年8月日本証券業協会に店頭登録し株式を公開。
平成8年4月本社兼不動産賃貸用ビルを取得。
平成8年6月店舗数が300店舗を達成。
平成13年10月鞄・袋物製造、卸売を業とするディレクターズ株式会社を設立(資本金10,000千円,持株比率100%)。
平成16年12月株式会社ジャスダック証券取引所に株式を上場。
平成17年3月当社グループの店舗数が400店舗を達成。
平成18年4月東京証券取引所市場第二部に株式を上場。
平成20年12月当社グループの店舗数が500店舗を達成。
平成22年3月経営の効率化、販売の強化のため、ディレクターズ株式会社を合併。
平成24年3月東京証券取引所市場第一部へ銘柄指定承認。
平成24年10月メンズバッグ・トラベルバッグの企画力・開発力を強化するため、企画・製造を業とするアイシン通商株式会社(資本金40,000千円)、卸売を業とするロジェールジャパン株式会社(資本金40,000千円)の株式(議決権100%)を取得し、連結子会社化。
平成26年5月持株会社体制移行にあたり、会社分割(吸収分割)を行なうための準備会社として、株式会社東京デリカ準備会社(現 株式会社東京デリカ)を設立(資本金10,000千円、持株比率100%)し、連結子会社化。
平成26年10月当社を分割会社、株式会社東京デリカ準備会社(現 株式会社東京デリカ)を承継会社とする会社分割(吸収分割)により、当社は持株会社へ移行し、株式会社サックスバー ホールディングスに商号変更。株式会社東京デリカ準備会社は、小売販売事業等を承継し、株式会社東京デリカへ商号変更。

年月概要
平成27年1月アクセサリーの小売を業とする株式会社カーニバルカンパニーを設立(資本金10,000千円、持株比率100%)。