有価証券届出書(新規公開時)

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2023/03/08 15:00
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145項目

対処すべき課題

文中の将来に関する事項は、本書提出日現在において当社グループが判断したものであります。
(1)経営方針
当社グループは、「Expand our planet. Expand our future.」をビジョンとし、地球と月が1つのエコシステムとなる世界を築くことにより、月に新たな経済圏を創出することを目的としています。この実現に向け、史上初の民間月面探査へ向け研究・開発を推進する企業として、持続的な成長と企業価値の最大化を目指すことを基本方針としております。
(2)経営戦略等
1.品質向上サイクルの実現
当社グループは現在、2022年から2025年にかけてそれぞれ計画している月着陸のミッション(ミッション1、ミッション2及びミッション3)に向けて、ローバー及びランダーの開発を進めておりますが、過去の国主導の宇宙ミッションでは実現が困難であった、民間企業ならではの品質向上サイクルを回すことを企図しています。
既存の宇宙開発の課題の1つに、コストの高さ及びそれに起因する実証機会の少なさが挙げられます。過去の宇宙ミッションの多くが国主導のミッションですが、民間企業と比較して失敗に対する許容度を相対的に低く設定せざるを得ないことから、より慎重かつ複雑な開発プロセスと、より重層的な実証試験等を行わざるを得ず、開発コストが大規模かつ開発期間が長期化する傾向があります。
一般的に、技術的な品質を向上させ成功率を高めるためには、リスク・コントロールが可能な範囲での技術的失敗と改善を繰り返す、言わば健全な反復プロセスが必要不可欠とされています。しかしこれまでの宇宙ミッションでは、高額な開発コストはそのまま実証機会の少なさにつながり、結果的に宇宙開発におけるプロダクトの品質向上サイクルを回すことに限界が生じていたと考えられます。
当社グループは提供するプロダクトをロボティックスによる無人かつ小型で軽量化されたモデルに設定し、また必要とされる部材についても、近年その品質が急速に向上しているCOTS品から十分に宇宙品質に耐えられるものを選定し、柔軟に調達することを基本としています。また国主導のミッションと比較して、失敗に対する許容度を相対的に高く設定することが可能な民間企業としての特性を活かし、実用性が高く迅速な開発プロセスを設計し、結果的に既存の宇宙機器開発と比較して大幅な開発コストの低減が可能となっています。これにより実証機会を増加させ、将来的に反復ミッションと十分な研究開発による品質向上を実現し、更には量産による品質安定化を図ることを計画しております。
当社は、初の実証ミッションとなる2022年のミッション1及び2024年予定のミッション2を、技術実証ミッションとして位置づけています。前述のとおり、経験を十分に有するエンジニア陣による「段階的プロジェクト計画法におけるシステムエンジニアリング活動」に万全を期すことで、確かな開発品質を実現させていく計画ですが、失敗が一切存在しないミッションを保証するものではありません。当社としては、リスク・コントロール可能な範囲での失敗については、仮に発生した場合にも企業として許容可能な十分な手当を準備しています。ミッション1で獲得されたミッション・データは、仮に何等かの失敗が発生した場合にはその失敗の要因分析に関するデータまでを含めて、ミッション2以降の後続ミッションへと活用される予定であり、当社はそのために、ミッション1と並行して、後続するミッション2及びミッション3の開発も進捗させております。ミッションを高頻度に実施し、技術的な経験値を継続して蓄積させていくことが、当社の技術的リスクを低減させ、持続安定的な事業運営を達成する上での重要な鍵となります。
2.ミッションリスクに備えた手当
当社グループが行う月着陸ミッションには、宇宙開発における一定の不確定要素が存在すること、特にミッション1及びミッション2においては当社の実証段階であることも踏まえれば、一定のミッションリスクが存在しますが、これに備えた十分な手当を行うことを戦略としております。
当社は、ミッション1を含めた複数ミッションについて、SpaceX社のファルコン9ロケットにランダーを搭載し打上げを行う予定です。ファルコン9はSpaceX社により開発された中型ロケットであり、打上価格が機当たり67百万米ドル/1回(本書提出日時点における公表値(https://www.spacex.com/media/Capabilities&Services.pdf))と同規模の他社ロケットと比較し安価であり、市場において大きなシェアを獲得しております。打上契約後は、仮に何か問題が発生しミッション継続に支障が起きた場合にも、SpaceX社は打上代金の返金をせず、打上業者と顧客である当社の双方がお互いに損害賠償請求権を放棄して、自損自弁にしておくことが業界慣行となっています。当社は、打上業者の中でも、足許で年間20回超のロケット打上げを行い、過去の打上げの成功確率としても約98%と極めて信頼性の高い実績を持つSpaceX社を選定しておりますが、仮に問題が発生した事態における財務的リスクを軽減するために、第三者の損害保険会社との間ですべてのミッションについて月保険を締結する予定であり、ミッション1については、三井住友海上火災保険株式会社との間で損害保険契約を締結済みであります。当該保険はロケットが打ち上げられてからランダーが月面に着陸し、通信の機能が正常に作動して地球とランダーとの間でデータ送受信が行われるまでを保険責任期間としております。
同様に、当社と当社の顧客との間においても、SpaceX社と当社との間と同様の仕組みを踏襲し、当社と顧客の双方がお互いに損害賠償請求権を放棄して自損自弁とする契約体系を基本としております。また、当社が手掛ける①ペイロードサービス、②データサービス及び③パートナーシップサービスでは、基本的にロケット打上げに先立つ1~2年前に本契約をし、以降、ロケット打上げまでの間に、ほぼ全額の金銭的対価を顧客から受領することを基本としていますが、仮に契約後に問題が発生しミッション継続に支障が起きた場合にも、当社側に契約不履行に繋がる程の重大な瑕疵(マテリアル・ブリーチ)が生じない限り、原則として当社から顧客への返金が生じない契約体系となり、複数のペイロード顧客との間で、既に上記趣旨の内容で最終契約を締結しております。将来的には、より多くの顧客に安心して当社のサービスを利用してもらい、産業を活性化させる上では、損害保険等の商品により顧客の財務的リスクを軽減させる仕組みが不可欠と考えており、月面輸送サービスにおける損害保険商品の将来的な導入を見据え、現在第三者の損害保険会社との間で検討を進めております。
3.継続的なミッション資金の十分な確保
先に記載のとおり、宇宙開発における技術の品質向上サイクルを実現させることは民間企業ならではの利点と言え、当社は、常に単発ではなく同時並行で継続的なミッションの準備を進めておくことで、リスク・コントロールが可能な範囲での技術的失敗を、タイムリーに次のミッションの改善へと反映させることを実現させます。
当社は足許、2022年のミッション1の開発に多くの人的・財務リソースを充ててきた一方、並行して2024年に計画するミッション2、2025年に計画するサイズアップされたシリーズⅡランダーでのミッション3の開発にも人的・財務的なリソースを配分しております。ランダー及びローバーの開発には一般的に高額の開発費用を要すること、また継続的に打上業者との間で高額な打上契約に関する合意を形成していかねばならないこと、そして複数ミッションの検討を同時並行して実施可能な十分の開発エンジニアを確保することから、当社は常に比較的大規模な財務的原資を手当する必要があり、継続的な資金調達の実施が持続的な事業運営上不可欠です。
当社は2014年の無担保転換社債型新株予約権付社債の発行(シード投資)に加え、2017年から2018年(シリーズA)、2020年(シリーズB)及び2021年(シリーズC)の三度の第三者割当増資により累計で約196.2億円の資金調達を実施し、その他にも2021年5月に実施した金融機関からの総額19.5億円の借入、2022年7月に実施したシンジケートローン契約による50億円の調達等を実施しておりますが、今後も積極的に、グローバルな資本市場へアクセスし、十分な財務的資金バッファを確保することで、宇宙開発における技術の品質向上サイクルを実現していく計画です。
4.政府宇宙機関及び民間企業の双方の顧客ターゲティング
足許の当社の売上は、ミッション1及び2を対象とするパートナーシップサービスである「HAKUTO-R」プログラムからの売上が重要な割合を占めますが、同時に、当社はグローバルな顧客ニーズの高まりを背景に、顧客からのペイロードを輸送するペイロードサービスをミッション1から提供し、その売上の計上が開始されております。
当社は、2019年12月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイの政府宇宙機関であるMBRSCより、ミッション1において10kgのペイロード(月面探査ローバー)を運ぶ大型受注を獲得し、2021年に本契約を締結致しました。MBRSCの前身となる機関は2006年に設立され、以降、2009年のDubaiSat-1、2013年のDubaiSat-2等、複数の衛星プロジェクトを打上げた実績を持つ、中東を代表する先進的宇宙機関の1つです。2020年7月には、UAE建国50周年を迎える2021年に中東初となる無人探査機の火星到着を目指す火星探査ミッションにおいて、MBRSCは火星探査機「HOPE」の設計と技術面の取りまとめを行い、三菱重工のロケットH-IIAによる打上げを成功させています。
この他の宇宙機関との間では、カナダ宇宙庁が推進するプログラムであるLEAPに採択されたカナダの民間企業であるMCSSとの間で人工知能のフライトコンピューターのペイロードサービス、Canadensysとの間でカメラのペイロードサービス、NGCとの間でデータサービスを提供する契約を締結しております。また、JAXAとの間では変形型月面ロボットのペイロードを月面へ輸送することで合意し、2021年4月に本契約を締結しております。
また、当社子会社であるispace technologies U.S., inc.は、主契約者であるドレイパー研究所等で構成されるドレイパーチームの一員として、2022年7月においてNASAのCLPSのタスクオーダーCP-12のサービスプロバイダーの1社に選ばれており、当該タスクオーダーの総額は73億米ドルとなります。これに関して、当社子会社であるispace technologies U.S., inc.は、ドレイパー研究所との間で、ランダーの製造やペイロードサービスを実施するための請負契約を締結し、当該契約に基づき、ミッション3において、2機のリレー衛星を月周回軌道に投入し、月震計(FSS)、地下の熱流探査機(LITMS)、及び電磁場測定器(LuSEE)といった一連の科学実験機器を含むペイロードを月の裏側に存在する南極付近に輸送する予定です。これらの2機のリレー衛星はBlue Canyon Technologies Inc.が製造し、Advanced Space, LLC が運用をサポートする予定で、これらの衛星を活用して月震データを最大1年間にわたり収集する予定です。
当社子会社とドレイパー研究所の間の上記請負契約の契約金額は約5,450万米ドルとなっておりますが、支払は一定のマイルストーンの達成を条件とした分割払いとなっており、打上日(2026年3月期中を現時点で想定)までに総額の10%を除いた金額が支払われ、残り10%相当額については月面着陸及びペイロードからのデータの受信時に支払われる予定です。また、NASAの要請によりドレイパー研究所がミッション期間を延長した場合には、2機のリレーの衛星につき最大で280万米ドルの支払いを追加で受領できる可能性があります。ただし、当社子会社は、ドレイパー研究所との契約上、自らの契約不履行又は履行遅滞に起因して発生した損害についてドレイパー研究所に対して損害賠償義務を負う可能性があり、また、当社起因の理由によりタスクオーダーCP12の費用が増加した場合には、当該増加費用分をドレイパー研究所に対して当社が負担することになる可能性があることから、最終的な受取金額は減少する可能性もあります。
民間企業との間では、ミッション1のペイロードとして、日本特殊陶業株式会社との間で固体電池を月面へ輸送する契約を獲得しており、既に本契約を締結の上、全額の入金も完了しております。また、ミッション2顧客として、高砂熱学工業株式会社との間で月面用水電解装置、台湾中央大学との間で深宇宙放射線プローブ、株式会社ユーグレナとの間で微細藻類培養装置のペイロードサービス契約を締結しております。
また、当社は世界各国の民間企業・宇宙機関・研究機関との間で、MOU(Memorandum of Understanding)やInterim Payload Service Agreement(ペイロードサービス中間契約。以下、「I-PSA」という。)を締結しております(以下、MOUとI-PSAを総称して「MOU等」という。)。当該MOU等は基本的にミッション3以降における将来的なペイロードサービス、データサービスについて共同検討や共同開発を進める内容であり、今後も多くの民間企業・宇宙機関・研究機関とMOU等の締結を拡大させる予定です。民間企業とのMOU等締結の背景は様々ですが、直近では特に、月面における水資源を活用したバリューチェーンに含まれる事業と関係する企業との強固な関係を築いております。
例えば、バリューチェーンのエンド・ユーザーとなるトヨタ自動車株式会社との間では、同社とJAXAが概念検討を進める燃料電池車両技術を用いた月面でのモビリティ「有人与圧ローバー」に関連する地上試験、月面環境での技術実証に関する協議を進めております。また、ミッション3の顧客として、Helios Project, Ltd.との間で最大5kgのレゴリス融解酸素生成装置、株式会社アークエッジ・スペースとの間で15kgの衛星機器、Aviv Labs, LLC,との間で小型温室実験装置、CesiumAstro, Inc.,との間で通信機器、AstronetX PBC,との間で月面カメラのI-PSAを締結しております。加えて、本書提出日現在、例えば、下記の世界各国の民間企業との間でミッション3以降を対象としたMOUを締結しております。
締結相手先ペイロード重量
Maana Electric SA電力及びエネルギー供給用実験機材最大28kg
Stardust Consulting, S.L.紫外線観測装置27kg
WeSpace Technologies Ltd.ドローン最小25kg
横河電機株式会社レーザーガス分析装置5kg
千代田化工建設株式会社水資源探査機5kg
KP Labs sp. z o.o.,オンボードコンピューター最大2kg
KDDI株式会社通信機器-

上記のMOU等には法的拘束力が認められず、受注及び当社の売上計上に繋がるかは不確実ではあるものの、当社は今後も民間企業各社とのMOU締結を進めてより多くの顧客と間で強固な関係を築く予定であり、将来的な民間企業からのペイロードサービスの受注につなげることを見込んでおります。
5.中長期的な売上拡大及び収益性の改善
当社は、技術が一定程度確立され、安定的な月面輸送が可能となると想定されるミッション4以降、平均して年2回から3回のミッションを実施することを計画しております。またミッション3以降は、顧客のペイロード需要が大型化する傾向が予想されることから、最大500kgまでのペイロード輸送を可能とするデザインのシリーズⅡランダーを開発する予定です。実際の顧客への販売重量は、デザイン上の重量から開発における不確実性や販売充足率を加味した歩留まり率をもとに販売重量を想定しており、ミッションを重ねるごとに開発マージンの効率化、販売充足率の向上により、顧客への販売重量を順次拡大させていくことを目指します。
表1:ミッションスケジュール及び想定販売重量
ミッション打上げ
(予定)時期
販売可能
重量(kg)
ミッション打上げ
予定時期
販売可能
重量(kg)
12022年12月約1262027年約151
22024年約1172027年約151
32025年約14582028年約160
42026年約13792028年約160
52026年約137102028年約168

※上記は本書提出日時点の想定であり今後変更となる可能性があります。このようにミッション3以降は当社の収益源となるペイロードサイズが増大し、更に将来的にミッションが高頻度かつ同時並行的に実施される予定であることから、ペイロードサービスからの売上を一層拡大させることを目指します。また、売上の拡大を図ると同時にコスト削減を実施することで収益性の向上を実現するよう計画しており、そのための施策としてCOTS品の利用、大量購入によるスケールメリットの享受、開発人員の習熟化による人件費削減、ノウハウ蓄積による試験工程の効率化の実施を目指します。
また中長期的には、複数のミッションから収集されたデータの蓄積を元に、データサービスからの売上も徐々に拡大することを想定しています。データサービスの提供の方法としては、(1)データの取得前から取得するためのペイロード機器の開発から当社が検討に加わり、データ取得のために必要なペイロードの輸送コストまで含めて顧客へ課金するケースと、(2)既に当社で保有する取得済みの顧客の需要に応じた付加価値の高いデータセットへ加工し、データ販売のみ提供するケースが存在します。2020年代前半において高頻度輸送を確立することで他社に先行してデータの収集、解析、高付加価値化を実施し、2020年代後半に向けてデータプラットフォームを活用した高収益なデータビジネスモデルの構築を目指します。
(3)経営環境
当社グループの事業が属する経営環境は次のような特徴があります。
当社グループが属する宇宙資源開発の分野では、2020年12月にはJAXAが開発した探査機「はやぶさ2」が地球から約3億キロメートル離れた小惑星「りゅうぐう」の土壌採取サンプルを含むカプセルを地球に帰還させる等、世界各国で政府主導による宇宙探査活動が活発化しています。
一方、近年ではテクノロジーの進化とCOTS品の拡大、ソフトウェア技術の進化を背景に、これまでは政府主導の宇宙機関に限定されてきた宇宙事業の門戸が民間企業へ開かれてきております。NASAを筆頭とする各国の宇宙機関では、地球低軌道における活動等に関する宇宙関連予算の大幅な節約につなげるべく、宇宙開発に民間企業を活用する傾向が拡大しており、サービスを提供可能な民間企業に対して政府が発注する「サービス調達」の形態による宇宙探査活動も活発化しております。
特に米国ではその傾向が顕著であり、一例として、NASAは2008年より商業補給サービス(Commercial Resupply Services:CRS)計画を発表しており、国際宇宙ステーション(International Space Station、(以下、「ISS」という。)への輸送を民間企業に委託しています。実際に2011年には高コストであったNASA自身によるスペースシャトルの開発と運用が停止され、その後、SpaceX社やオービタル・サイエンシズ社等、民間によるロケットの打上げと宇宙船のISSへのドッキングが成功しており、直近では2020年6月にSpaceX社のロケットから切り離された宇宙船「クルー・ドラゴン」が、民間企業としては史上初となるISSへのドッキングを成功させたことは世間の記憶にも新しいところです。
日本政府もまた民間による宇宙開発を推進していく考えであり、2018年11月には人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律(通称宇宙活動法)が施行となり、民間事業者による更なる宇宙ビジネスの拡大を推進すると同時に、安倍内閣総理大臣(当時)を本部長とする宇宙開発戦略本部による、宇宙ベンチャー成長のための1千億円の資金支援枠が設定されました。また直近では、2021年6月15日に、通常国会において「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」(通称宇宙資源法)が可決され、2021年12月23日に施行されました。本法律は、日本の民間事業者が月その他の天体を含む宇宙空間に存在する水、鉱物、その他の天然資源である宇宙資源の探査及び開発に従事することを認めることを日本国として初めて明確に規定したものであり、日本は、米国、ルクセンブルク大公国、アラブ首長国連邦に続き、民間企業による宇宙資源利用を認める法律を制定した4番目の国となります。なお、当社はミッション1においてNASAへのレゴリス(月の砂)の販売取引を実施することから、上記宇宙資源法の許認可を2022年11月4日付で取得しております。このように、日本においても将来的な宇宙事業の政から民へのシフトと宇宙ビジネスへの政府の支援の拡大が予測されております。
宇宙市場全体の成長可能性については、2040年代にはその市場規模はグローバルで1兆米ドル以上に成長するとの予測がありますが(*)、宇宙産業の中でも特に月は、前述のとおりその存在が見込まれている水資源をエネルギーとして利用する経済価値が高く着目されており、世界各国が月面へのミッションを実行しております。
2019年初頭には中国の無人探査機「嫦娥4号(じょうが4号)」が世界で初めて月の裏側へ着陸し、また米国ではバイデン政権下で、昨年度対比で約15億米ドルもの増額となる248億米ドル相当の2022年度NASA予算が議会に申請され、1970年代のアポロ計画以降初となる月面の有人探査を2024年までに実施する「アルテミス計画」が推進されています。2020年10月以降本アルテミス計画の一環として、月面における平和的・友好的かつ透明性ある活動のガイドラインとなる「Artemis Accords(アルテミス合意)」に日本と米国を含む世界23カ国(2022年12月時点)が合意・署名する等、引き続き活発な進捗が見られております。
日本もまたJAXAがSLIM(Smart Lander for Investigating Moon)プロジェクトを推進し、将来の月惑星探査に必要な高精度着陸技術を小型探査機で実証することを計画しています。また、欧州宇宙機関のESAは、3Dプリンティング技術を活用して月面土壌から基地を製造し宇宙飛行士による深宇宙探査の拠点とすることを想定した、Moon Village構想を検討しています。
また昨今、NASAは、民間企業に対して今後10年間で総額26億米ドルの予算を投じ、月面への輸送サービス委託するCLPSプログラムを開始しております。当社子会社であるispace technologies U.S., inc.は米国のドレイパー研究所を中心とするチームに所属し、同チームで応募したCLPSに関する初期提案書は、2018年11月にNASAにより採択され、ispace technologies U.S., inc.は同プログラムにてNASAから受注する資格を有するチームの1社として選定されました。その後2022年7月において、同チームの提案がNASAに採択されており、ミッション3において、2機のリレー衛星を月周回軌道に投入し、月震計(FSS)、地下の熱流探査機(LITMS)及び電磁場測定器(LuSEE)といった一連の科学実験機器を含むペイロードを月の裏側に存在する南極付近に輸送する予定です。これらの2機のリレー衛星はBlue Canyon Technologies Inc.が製造し、Advanced Space, LLC が運用をサポートする予定で、これらの衛星を活用して月震データを最大1年間にわたり収集する予定です。
更には、宇宙機関による月面開発の本格化の動きを受け、月面でのエネルギー経済圏が創出されることを見据えた民間企業による新しいビジネスも生まれつつあります。トヨタ自動車株式会社は、水素を燃料とし、月面で1万キロ以上の走行が可能な有人与圧ローバー(ルナ・クルーザー)をJAXAと共同で開発し、2029年に月に打ち上げることを目指しています。清水建設株式会社は、月面拠点の開発に向けた構想や、月面での大規模太陽光発電により生まれたエネルギーを地球上にまで伝送するLunar Ring構想を掲げています。
加えて、2020年1月に行われた安倍内閣総理大臣(当時)による施政方針演説には『月を周回する宇宙ステーションの整備、月面での有人探査などを目指す新たな国際プロジェクトに、我が国として、その持てる技術を駆使し、貢献いたします。将来的な火星探査等も視野に、人類の新たなフロンティアの拡大に挑戦します(第二百一回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説より抜粋)』との文言が盛り込まれ、将来的にも、宇宙開発、中でも月面探査が日本の成長戦略の1つとして明確に期待される内容となっています。2020年6月には国の宇宙政策の基本方針である「宇宙基本計画」が政府によって改定され、米国が進める月探査計画への参画や、国内宇宙産業の規模(約1兆2,000億円)を2030年代早期に現在の2倍に引き上げる目標等が示されました。
また、日本政府の「スタートアップ5ヵ年計画」に基づいて、SBIR(Small Business Innovation Research、中小企業技術革新)制度の枠組みの中に存在する、「特定新技術補助金等」と「指定補助金等」という、2種類の補助金等のあり方を示す2つの文書「令和4年度特定新技術補助金等の支出の目標等に関する方針」、「指定補助金等の交付等に関する指針」が作成され、令和4年6月3日に閣議決定されました。その中で、各府省庁における研究開発のための補助金や委託費のうち、研究開発型スタートアップ等を交付対象に含む特定新技術補助金等について、研究開発型スタートアップ等への支出の目標額を設定するとともに、支出の増大を図るための措置を規定し、SBIR制度等の抜本拡充として令和4年度補正予算案に総額2,060億円(注1)が織り込まれています。なお、2022年度第1回SBIR推進プログラム公募で、内閣府ガバニングボードにより決定された対象分野に宇宙領域も含まれています。
更に、2023年1月には、岸田文雄内閣総理大臣がNASAを訪問し、日米両国が平和的目的のための宇宙協力を行う際の基本事項を定めた「日・米宇宙協力に関する枠組協定」を締結しました。
PwC社の調査に基づくと、当社がターゲットとする市場が大きく拡大することが予想されております。各地域の市場トレンドや観測可能な調査に基づくボトムアップ分析の楽観的シナリオにおいては、月面輸送サービス事業の市場は2040年に84億米ドル(注2)、月面データ取得・販売事業の市場は12億米ドル(注2)に達するとされており、それぞれの2020年から2040年の期間においての年平均成長率は12%/22%と高い成長が予測されております。また、当社のビジョンである「2040年に月に1,000人が居住」することと同様の前提を置いた場合のロードマップ分析による同社の調査データによると、月面輸送市場は年間約1,502億米ドル(注2)まで達すると推定されております。
(注1)スタートアップ全体に関する予算金額であり、このうち一部が宇宙分野へ配分されることが期待されます。ただし、予算が配分されない可能性もあり、計画どおりに進まない可能性もあります。
(注2)2036~2040年の累計値の年平均値
(*) 出所:総務省 宙を拓くタスクフォース(第6回)平成31年3月1日開催。NTTデータ経営研究所作成の「長期的な宇宙ビジネス市場規模の試算」
(4)経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
当社グループがステークホルダーから主に期待されている点は、計画から遅延しない研究開発活動による技術確立とミッションの実行、顧客からの事業収益の獲得、事業運営のために必要な原資の適時な調達、及び限られた資金の最大限に効率的な使用等を通じて、収益の最大化を図ることと認識しております。
技術確立の実現のため、今後複数ミッションの同時開発を実施し、後続ミッションへの技術フィードバックを適時に実施してまいりますが、複数ミッションを同時並行で進捗させるために、事業収益の獲得や資金調達を通じた財務基盤の確立が重要となります。
より直接的に開発の進捗を確認する上では、当社が開示するミッションごとの開発スケジュール及び、1つの開発フェーズが完了し、次のフェーズへ移行する上でマイルストーンとなる審査の完了報告が重要となります。
当社は2017年よりミッション1のランダー開発を開始しており、以降、途中でミッション内容の変更を行った影響により開発期間の長期化等も発生しましたが、2022年10月までに製造、最終試験まで完了し、2022年12月11日にミッション1の打上げを実施しました。「段階的プロジェクト計画法におけるシステムエンジニアリング活動」では、各フェーズで行われるべき作業プロセスが完了すると、それぞれのフェーズにおける結果を評価し、次フェーズへの移行可否を判断する技術審査を行いますが、ミッション1の開発プロセスにおいても以下のとおりの審査を経ております。
表2:ランダー開発フェーズの概観(ミッション1のケース)
フェーズフェーズAフェーズBフェーズCフェーズD
技術
審査
SRR
System Requirement
Review
PDR
Preliminary
Design
Review
⊿SRR・⊿PDR
Delta SRR
・Delta PDR
CDR
Critical
Design
Review
PSR
Pre-Shipment Review
LRR
Launch Readiness Review
目的ビジネス要件とシステム要件の整合性を確認の上、システム設計開始を承認する審査会仕様値に対する設計結果、設計検証計画の実現性を確認する審査会製造と試験の詳細設計と検証計画が適正かを、これまでに実施した試作評価、熱構造特性の評価、電気機械設計等の評価を活用して確認する審査会試験結果の確認及び、打上場への輸送承認を行う審査会ロケットへのインテグレーション作業終了の確認及び、打上げと初期運用への移行承認を行う審査会
当社の
ケース
2017年下期に実施。外部専門家がオブザーバーとして参加。MDR及びSDRを包含して実施2018年下期に実施。グローバルに約30名の外部専門家が審査に参加ランダー開発を月周回から月面着陸へと変更する上で必要な変更を審議するため、SRR(2019年8月)及び⊿PDR(2019年11月)を実施2020年9月以降、外部専門家も交えて実施、2021年2月に最終完了2022年10月に実施2022年11月に実施

上記審査過程の中でも、特にPDRとCDRを特に重要なマイルストーンであると認識をしております。ミッション2の開発プロセスにおいては、2022年7月にPDRを、2023年1月にCDRを完了しており、ミッション3の開発プロセスにおいては、現在PDRを実施中となります。
また、顧客からの事業収益の観点では、ペイロードサービス契約及びデータサービス契約に加え、MOU及びI-PSAの締結総額が収益の先行指標として重要となります。本書提出日現在、ミッション1の総契約金額(ペイロードサービス契約及びデータサービス契約)は約10百万米ドルであり、ミッション2の総契約金額(すべてペイロードサービス契約)は約16百万米ドルであり、ミッション3以降の総契約金額は約54.5百万米ドルになります。また、ペイロードサービスに係るMOU及びI-PSAの締結総額は約280百万米ドルとなります。
(5)優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題
宇宙関連ビジネスはグローバル・ベースで、継続的かつ加速度的に拡大していくものと見込まれており、この産業の潮流に対応するために必要な技術確立が急がれる状況です。足許、当社グループは、多額の先行研究開発投資と長期の開発期間を要する宇宙関連機器の開発に従事していることから、継続的な営業損失の発生及び営業キャッシュ・フローのマイナスを計上している状況にあり、現在のところすべての開発投資を補うための十分な収益は生じていないことから、2022年12月末時点において純資産が△554,501千円となり債務超過となりました。これらの状況から、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在しております。当該事象又は状況を解消し、安定的な事業収益が創出されるまでの間、下記を重要な課題として取り組んでおります。
① 研究開発の推進
2022年から2024年を目途に計画する二度のR&Dミッションに向けて、打上事業者による打上機会を確保すると同時に、開発スケジュール、開発コスト及び開発クオリティを厳格に管理することで、ランダー及びローバーの開発を着実に進めてまいります。
② 顧客の開拓
当社が事業収益を獲得するために必要なランダー及びローバーは開発途上にあります。また当社が事業収益を見込む市場は、現在グローバルでも草創期に当たります。当社では現在初回となるR&Dミッションについて顧客からの潜在的受注を確認していますが、事業収益の安定化に向けて引き続き中長期的に持続可能な顧客市場を開拓してまいります。
③ 人材の確保
当社はランダー及びローバーの研究開発を遂行するために、継続して多様な開発領域について高度な専門性と能力を備えた人材を国内外から雇用しております。
また、急速に従業員人数が拡大する組織の中において、各人材がその能力を最大限に発揮することが可能な環境を整えるための取り組みを引き続き行ってまいります。
④ 成長に対応した内部統制の構築と適切な運用
将来的な月面探査ミッションを支える資金調達オプションの1つとしての株式公開のために、必要な業務プロセス、財務・経理上の体制、労務管理、子会社管理、セキュリティ管理等を整備する等、当社の成長に対応した内部統制の構築及び運用の実施を引き続き行ってまいります。
⑤ 財務上の課題について
当社にとって、安定的な事業収益化を目指す上で将来的に継続的なミッションの実現が必要であり、そのための必要資金を着実に確保することが重要です。一方当社は、現状先行投資が必要なフェーズであると考えており、ミッション1以降の開発も並行して進捗させるための継続的な投資を行っていることから、過去継続して営業赤字かつ営業活動によるキャッシュ・フローのマイナスを計上しております。当社ではこれまで、無担保転換社債型新株予約権付社債の発行、第三者割当増資、金融機関からの借入、クラウドファンディング等によって資金調達を実施してまいりましたが、今後も、ミッション推進のために機動的な資金調達の可能性を適宜検討してまいります。
当社では手元流動性確保のため、総額50億円のシンジケートローンによる調達を2022年7月に実施しており、2022年12月末時点において現金及び預金として4,399,294千円と十分な金額を確保しております。また、ミッション1を対象とした月保険を締結済みであり、仮に問題が発生した場合には保険金額の受領により財務リスクを低減してまいります。当社は今後も、本件公募増資等による財務基盤の強化を通じてミッション遂行に必要となる資金を確保し、ミッション1以降の開発及び顧客の開拓を進捗させ、ペイロードサービスやデータサービスの売上高の継続的な向上による早期の収益化を目指してまいります。
なお、当社グループの借入金のうち、株式会社三井住友銀行をアレンジャー、株式会社みずほ銀行、株式会社三菱UFJ銀行、株式会社商工組合中央金庫をコアレンジャー、株式会社静岡銀行を参加金融機関とする、総額50億円のシンジケートローンには、財務制限条項が付されておりますが、2022年12月末時点において純資産が△554,501千円であり、2023年3月末時点においても当該純資産が負の状況が継続する見込みです。また、2022年12月末時点の現預金残高が4,399,294千円であり、2023年3月末までの資金計画を踏まえると、2023年3月期末時点で現預金残高が30億円を下回る見込みです。そのため、2023年3月期末時点において、以下の財務制限条項に抵触する見込みとなります。
①各事業年度末日における連結貸借対照表に記載される純資産の部の合計金額を正の値に維持すること。
②各事業年度末日における連結貸借対照表に記載される現預金の合計金額を30億円以上に維持すること。
しかしながら、当社は、2023年3月期末を基準とする財務制限条項に係る期限の利益喪失につき権利行使しないことについて、シンジケート団から合意を得ております。