有価証券報告書-第19期(2024/01/01-2024/12/31)

【提出】
2025/03/31 14:18
【資料】
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【項目】
159項目
②戦略
当社は、2015年12月に「気候変動対応の基本方針」を発行し、その後、パリ協定目標達成に向けた各国の取組みを支持するため、2021年1月に2050年自社排出量ネットゼロ(Scope1+2)目標を定めました。以降、外部環境の変化や長期戦略及び中期経営計画の更新に合わせて、方針及び2050年自社排出ネットゼロを目指すための目標を見直しており、2025年2月には「INPEX Vision 2035」の発表にあわせて基本方針を改定しました。今後も我が国及び世界のエネルギー需要に応えつつ、2050年ネットゼロの実現に向けたエネルギー構造の変革に取り組んでいきます。
気候変動対応の基本方針
1.当社は、今後も増加する我が国及び世界のエネルギー需要に応え、長期にわたり引き続き、エネルギーの安定供給の責任を果たしつつ、2050年ネットゼロの実現に向けたエネルギー構造の変革に積極的に取組みます。
2.気候変動に関するパリ協定目標の実現に貢献すべく、2050年自社排出ネットゼロを目指す気候変動対応目標を設定します。
3.ネットゼロの実現に向けて、社会のニーズに応えるべく、低炭素化の取組みを確実に推進します。具体策として、「現実的な移行期の燃料」としての天然ガスをよりクリーンな形で供給していきます。加えて、第三者向けにCCSやクリーン水素・アンモニア等の低炭素化ソリューションを提供するとともに、電力関連分野の新たな取組みを強化します。

(a)気候変動関連のリスク及び機会
当社では、毎年気候変動関連リスク及び機会の評価を行っています。なお、2024年度より中期経営計画の期間に合わせた時間軸を設定の上、実施しました。
2024年末における気候変動関連リスクの評価対象、発生時期見込及び対策の状況
(短期:1年未満、中期:1~3年未満、長期:3年以上)
移行リスク
リスク区分リスクの評価対象リスク発生時期見込対策状況
政策・
法規制
プロジェクト所在国・地域が気候変動対策を強化し、カーボンプライシング制度やメタン排出管理規制及び環境法令等の導入・強化により、Scope1,2排出量に対する直接的コストが発生するリスク短期中期•プロジェクトの温室効果ガス排出量削減に向けた取組みの推進
•プロジェクト所在国・地域の政策や動向のモニタリング
•財務的評価、経済性評価の実施
•プロジェクト操業におけるクリーンエネルギーの導入
•2030年までに通常操業時ゼロフレア
•メタン排出原単位0.1%を維持するための管理
•OGMP2.0に加盟やノンオペレータープロジェクトも含めたMRV(Measurement, Reporting and Verification)を強化
•カーボンクレジット戦略の策定・実行
•関連するステークホルダーとのエンゲージメント
技術及び
市場
再生可能エネルギーやEV等の低炭素エネルギー選好により、石油ガスの需要が減少するリスク長期•プロジェクトの温室効果ガス排出量削減に向けた取組みの推進
•プロジェクト所在国・地域の政策や動向、技術進展のモニタリング
•CCS等低炭素事業の取組みの加速
•コスト削減の取り組み
レピュテーション2050年ネットゼロに向け、2035年以降のScope1,2における絶対排出量目標を求められるリスク中期長期•プロジェクトの温室効果ガス排出量削減に向けた取組みの推進
•プロジェクト所在国・地域の政策や動向のモニタリング
•2050年ネットゼロ、2035年排出量原単位60%低減目標の設定
•CCS等低炭素事業の取組みの加速
•メタン排出原単位0.1%を維持するための管理
•事業ポートフォリオ見直し
•カーボンクレジット戦略の策定・実行
•新規プロジェクトの温室効果ガス削減目標への影響を評価
Scope3削減目標の設定を求められるリスク短期中期•調達先とのエンゲージメントや調達先多様化の検討
•CCS等低炭素事業の取組みの加速
•ネットゼロ戦略の進捗を開示
•カーボンオフセット商品の販売等による販売先の排出量削減に向けた取組みの推進
資金調達投資家や金融機関から当社の事業内容や温室効果ガス排出量削減に向けた取組み及び情報開示が不十分とみなされ、資金調達に悪影響を及ぼすリスク短期中期•プロジェクトの温室効果ガス排出量削減に向けた取組みの推進
•TCFD提言等に沿った情報開示の推進
•投資家や金融機関との対話・エンゲージメントの実施
•調達先とのエンゲージメントや資金調達先の多様化に向けた検討

物理的リスク
リスク区分リスクの評価対象リスク発生時期見込対策状況
急性極端な気象現象が操業に悪影響を及ぼすリスク短期•定期的に急性物理的リスク評価を実施
•防災対策を盛り込んだ設計、設備の修繕、改装
•マニュアル策定、訓練、外部情報活用
慢性長期的な平均気温上昇、降雨パターンの変化、海面上昇が操業施設に悪影響を及ぼすリスク中期長期•定期的に慢性物理的リスク評価を実施
•防災対策を盛り込んだ設計、設備の修繕、改装
•マニュアル策定、訓練、外部情報活用
•沿海部の施設における対海面上昇対策の実施

2024年末における気候変動関連機会の評価対象、発生時期見込及び戦略と進捗状況
(短期:1年未満、中期:1~3年未満、長期:3年以上)
機会区分機会の評価対象機会発生
時期見込
進捗状況
資源の効率に関する機会生産プロセスでのエネルギー効率改善短期•豪州イクシスLNGプロジェクトにおける生産時の燃料ガス・フレア削減イニシアチブ、ガス漏洩検知・修理(LDAR)プログラム等を通じた低炭素化操業を推進
エネルギー源に関する機会再生可能エネルギー電源の生産プロセスでの活用短期中期•イクシスLNGプロジェクトにおけるバッテリーエネルギー貯蔵システム(BESS)及び小規模太陽光発電設備の導入検討
短期中期•イクシスLNGプロジェクトにおけるオンサイトコンバインドサイクル発電プラントから再生可能エネルギー由来系統電力への切り替えに係る検討推進
長期•ウィスティング油田開発計画で陸上水力発電による給電の可能性を追求
製品及びサービスに関する機会天然ガス/LNG事業中期•イクシスLNGプロジェクトでのCCS導入、生産能力引上げ、拡張も視野に入れた検討及び、生産時のフレアと燃料ガスを最小化する施策を導入し低炭素化操業を推進
•インドネシア・アバディLNGプロジェクトでのCCSの導入を含め事業推進
•CCS導入が想定される天然ガス開発事業への参入機会の追求
CCS事業中期•既存の豪州Darwin LNG及び東チモール共和国海域Bayu Undanガスコンデンセート田の施設及びパイプラインを活用したCCS事業の検討
長期•独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構による令和6年度「先進的CCS事業に係る設計作業等」の委託事業において、当社が関与する「首都圏CCS事業」と「日本海側東北地方CCS事業」が採択され各種検討を実施中
•豪州ボナパルト海域CCS鉱区での新規3D震探収録実施、及びその処理作業進行中、評価井掘削作業を実施、また株式会社JERAと、日本国内で排出されるCO2を分離・回収し豪州へ輸送・貯留するバリューチェーン構築に向けた共同検討を開始
•インドネシア・アバディLNGプロジェクトで将来的なCCS事業(第3者由来のCO2受け入れ)の可能性を検討
•効率的な海上CO2輸送技術にかかる研究開発推進

機会区分機会の評価対象機会発生
時期見込
進捗状況
水素事業長期•新潟県における大規模ブルー水素製造プロジェクトにつきFSを完了、FEED移行に向け検討中
•アブダビにおけるクリーンアンモニア事業への参画機会を追求
•エア・リキード社、LSB Industries社等と共同で、米国テキサス州ヒューストン港における大規模低炭素アンモニア事業のPre-FEEDを完了、FEED移行に向け協議中
•Green Hydrogen International社と共同で、米国テキサス州南部におけるグリーン水素事業の共同スタディ契約を締結しFSを完了、次フェーズ移行に向け協議中
•効率的な水素輸送技術にかかる研究開発推進
電力事業短期•温室効果ガス削減インドネシア・ムアララボ地熱発電プロジェクトの追加開発。奥飛騨プロジェクトでの試掘開始、新規国内地熱探鉱事業の追求
•日本における洋上風力の入札ラウンドへの参画を継続的に追求。欧州における洋上風力・電力事業への参入機会の追求
•アブダビでの太陽集熱事業パイロット実施の検討開始
•豪州ENEL社との合弁会社(Potentia Energy社)を通じた太陽光・蓄電池・陸上風力事業の推進
中期•秋田県小安地熱プロジェクトの建設推進、福島地熱探鉱事業の推進、また、新規日本地熱探鉱事業の追求(北海道、東北)及びインドネシア既存事業の拡張及び新規地熱事業への参入機会追求。尖峰周辺プロジェクトでの試掘準備開始
•長崎県五島沖洋上風力の建設推進
•日本における再エネ発電、蓄電池事業さらには電力トレーディングを含めた電力バリューチェーンの検討・追求
長期•米国における地熱+リチウム案件の追求
•EEZにおける浮体式洋上風力事業開発の各種検討及び追求
石油・天然ガス以外の地下資源中期•成東水溶性ガス田からの副産物であるヨウ素の供給を通じペロブスカイト型の太陽電池の普及を側面支援
長期•かん水からの効率的な鉱物資源回収技術に係る研究開発推進
その他短期•オーストラリア・ニュージーランド銀行及びカンタス航空との豪州でのカーボンファーミング及びバイオマス燃料事業の推進
•群馬県沼田市とのJクレジット創出の開始
•インドネシアなどにおいてバイオメタン事業の追求
中期•メタン直接分解等の検討
長期•アブダビにて、Masdar・三菱ケミカルグループとグリーン水素由来のポリプロピレン製造を含むカーボンリサイクルケミカル製造事業の実現に向けた共同調査を実施
•廃棄物を利用したSAF(Sustainable Aviation Fuel)及び人工光合成の研究開発を推進
市場に関する機会新しい市場へのアクセス短期•カーボンオフセット商品の販売
•LCAF(Low Carbon Aviation Fuel)のサプライチェーン構築に向けた関係各所との協議
中期•再生可能資源由来燃料であるリニューアブルディーゼル(低炭素軽油:RD)の国内提供及び、RD40(40%のRDを軽油に混ぜた燃料)の実証を実施

(b)移行リスクの財務的評価
当社は国際エネルギー機関(以下「IEA」という。)によるWorld Energy Outlookレポート(以下「WEO」という。)内のシナリオを活用し、以下2つの手法で気候変動リスクの財務的評価に取り組んでいます。一つ目は、インターナルカーボンプライスを用いた当社の各プロジェクトの経済性評価です。世界では既に150以上の国・地域が2050年ネットゼロ宣言を行っており、今後更なる気候変動関連政策強化に伴い、各国においてカーボンプライス導入の法規制が進むと推測されることから、ベースケースからインターナルカーボンプライスを考慮した上で経済性を評価しています。ベースケースからの適用をルール化したことで、社内では温室効果ガスにかかるコストが事業投資における重要な要素として認識されるようになりました。また、ステークホルダーに対しては、当社が移行リスクを考慮した上で経営判断を行っていることを示すことができています。当社ではWEOのカーボンプライスを参考にインターナルカーボンプライスを毎年更新しています。2023年からは、WEOのカーボンプライス見通しを反映の上、所在国にカーボンプライス制度が存在する場合は、外部専門家の価格予想等を用いた当該国における当社の見積価格を参照しています。カーボンプライス制度が存在しない場合は、2023年版の公表政策シナリオ(IEA-STEPS)のEU価格(2030年US$120/tCO2e、2040年US$129/tCO2e、2050年US$135/tCO2e)に連動した変動価格を参照しました。しかしながら、2024年公表のIEA-STEPSのEU価格は、2030年時点でネットゼロ宣言をしている先進国の発表誓約シナリオ(IEA-APS)価格よりも高い水準となっており、カーボンプライス制度が未整備の国でIEA-STEPSのEU価格をベースケースとして用いる妥当性が低下しています。また、現在議論されている本邦のGX-ETS制度設計概要を踏まえると、WEOで見通しが記載されている中では、排出枠の無償割当等、現行の韓国ETS制度に近いコンセプトとなっていると考え、2025年以降は、カーボンプライス制度が存在しない場合は、IEA-STEPSの韓国価格の予測価格を採用しています。
二つ目は、当社の事業ポートフォリオのレジリエンス評価です。これは、IEA-STEPS、IEA-APS及び2050年ネットゼロ排出シナリオ(IEA-NZE)の油価とカーボンプライスの推移が、当社ポートフォリオに与える影響を評価するものです。これら3つのシナリオが提示している油価及びカーボンプライスをプロジェクトのNPV計算に適用し、ベースケースのNPVからの変化率を算出することで、当社ポートフォリオが受ける影響を評価しています。引き続き、事業環境の変化を織り込みながら、本手法の運用基準の深化及び当社の事業ポートフォリオの競争力向上に努めていきます。
財務的評価への2つのアプローチ
プロジェクト経済性評価ポートフォリオレジリエンス評価
評価手法インターナルカーボンプライスを用いたプロジェクトの経済性に与える影響を評価下記シナリオによる油価及びカーボンプライスによる影響を評価
IEA-STEPS
IEA-APS
IEA-NZE
指標インターナルカーボンプライス適用によるIRR
(ベースケース)
上記指標価格適用によるNPV変化率
取組み状況2021年度よりベースケース化2018年より実施しており、2022年度よりIEA-NZEシナリオを追加

(c)物理的リスクのアセット評価
当社は、物理的リスクにおいて、急性リスクと慢性リスクに分けて分析しており、適宜見直しを行っています。2018年に物理的リスクについての評価プロセスを検討後、ロードマップを設定し、主要オペレータープロジェクトであるイクシスLNGプロジェクトと新潟県の国内アセットにおける評価を開始しました。これは、国内及び海外における操業中のオペレータープロジェクトにおける保険付保額を100%カバーしています。その後も、前提としていた日本の気象庁発行の観測・予測評価報告書が更新されたことを受け、当社の主要施設の一つである直江津LNG基地に対する物理的リスクを再評価しています。同報告書内RCP8.5シナリオでは、平均海面上昇幅を0.19m程度と予測されていますが、評価の結果、同基地はこの水面上昇に耐えうる構造です。さらに、国内アセットに対しては、社外の評価サービスを用いた河川氾濫及び高潮による直接損害額及び間接損害額を試算しています。企業総合補償保険における上位10地点の国内事業所、国内パイプライン及び主要子会社事業所を対象としており、2030年及び2050年時点の想定損害額は限定的であることを確認しています。これらの物理的リスク評価では、共通してIPCC第5次評価報告書のRCP8.5シナリオにおける21世紀半ばの平均気温上昇、海面上昇などの指標を利用しています。
これらの評価を踏まえて、イクシスLNGプロジェクトをはじめ沿岸部に立地する主要施設の慢性リスクは、海水位上昇などを織り込んで設計しているため、洪水リスクは低いと判断しています。また、今後の気温上昇により運転効率の低下などの影響が考えられますが、適宜施設の改善・メンテナンスを行っており、2030年までに大きな損害が出ないと評価しています。急性リスクに関しては、主要オペレーター案件で適切な計画、操業、訓練、外部情報活用などにより、台風やサイクロンなどの極端な気象現象に十分な備えを持って取り組んでいます。当社の主要な拠点である直江津LNG基地のLNG受け入れ桟橋設備では、施設の被害があった場合に備えて、近隣発電所との間に基地間を接続する連系配管を有しています。これにより、連系配管を利用して当該発電所の受け入れ桟橋からLNGを受け入れる体制を構築しています。加えて、当社の主要施設は、自然災害の財物保険の手配により、急性リスクによる財務的損失の軽減を図っています。また、国内での自然災害についてはパイプラインのリスク評価や対応策の検討の上、自然災害リスクの高い部分において引替え工事を実施しました。
なお、当社では、HSEマネジメントシステム文書であるHAZID(Hazard Identification)ガイドラインにおいて、HAZIDワークショップを行う際のガイドワークの一つに気候変動による影響を定めており、新規プロジェクトを含め当社の事業活動のライフサイクルを通したリスク管理アプローチに物理的リスク評価を組み込んでいます。今後も組織横断的なチームで定期的に評価の実施や適切な開示を進めていくと同時に、分析手法を多様化させ、より多角的な評価を進めていきます。
(d)当社の低炭素社会シナリオ
2050年※1までの低炭素社会に向けたエネルギー需給などの事業環境の見通しについて、当社はIEAのWEOのIEA-STEPS、IEA-APS及びIEA-NZE、日本エネルギー経済研究所のレファレンスシナリオ及び技術進展シナリオを参照しています。
当社は、これらのシナリオを活用し長期的な経営戦略として2025年2月に「INPEX Vision 2035」を策定しました。今後もシナリオのレビューを用いながら事業環境の変化をいち早く把握し、社会の動向に合わせ経営戦略・経営計画の見直しを行っていきます。
※1 IEAのWEOでは2050年までの国際エネルギー情勢について展望している