有価証券報告書-第143期(令和2年4月1日-令和3年3月31日)

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2021/06/23 14:21
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対処すべき課題

味の素グループの経営哲学とビジョン
コロナ禍を経て、長期的には人々の価値観を大きく変えていくような状況下において、当社は分断ではなく融和の重要性を強く感じています。世界には国、人種、貧富等により、様々な格差がありますが、この数年間でさらに差が広がり、分断・対立の度合いが顕著になってきています。この厳しい現実を直視したうえで乗り越えていくためには、分断・対立を煽る二者択一ではなく、融和の精神が必要です。
味の素グループは1909年の創業以来、融和の会社です。世界で初めて、アミノ酸のグルタミン酸ナトリウムが「うま味」の成分であることを発見した池田菊苗博士と、実業家の二代鈴木三郎助が出会い、「日本人の栄養状況を改善したい」という研究者の志と起業家精神が共存して、味の素グループはスタートしました。この社会価値と経済価値の両立の精神を、私たちはASV(Ajinomoto Group Shared Value)として今に引き継いでいます。さらに二人は、「おいしさか栄養か」ではなく、おいしく食べることも栄養も両方重要だという、明確な融和のビジョンを持っていました。二人の想いは、私たちが大切にしている“Eat Well, Live Well.”の原点であり、存在意義でもあるといえます。そして、融和の精神で「食と健康の課題解決」に取り組み、豊かな社会と明るい未来に貢献してまいります。
ASV経営は、事業を通じて社会価値と経済価値の共創を目指す経営です。2020年、味の素グループは「ASV経営の進化」を社内外に誓約するため、2030年に目指す姿として「『食と健康の課題解決企業』に生まれ変わる」ことを宣言しました。併せて、2030年までの2つのアウトカムとして「10億人の健康寿命の延伸」と「環境負荷の50%削減」を掲げています。
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その実現に向けて、「おいしさ」「食へのアクセス(入手を可能にする)」「地域の食生活」に妥協しない「妥協なき栄養」の姿勢を大事にしています。価値を生み出す核となるのは「アミノ酸のはたらき」です。人のからだの約2割、水を除くと約5割がたんぱく質でできています。そのたんぱく質を構成しているアミノ酸の研究を、味の素グループは創業以来100年以上にわたって重ねてきました。アミノ酸には、食べ物をおいしくする呈味機能、成長・発育を促す栄養機能、体調を整える生理機能等、4つの機能があることがわかっています。このアミノ酸の機能を活用して「おいしい減塩」と「たんぱく質摂取促進」に重点的に取り組んでおり、おいしく栄養バランスの良い食事を支援しています。過剰な塩分摂取やたんぱく質等の必須栄養素不足は、栄養に関する世界的な課題です。これらの課題を、うま味をベースとする調味料の世界トップ企業である味の素グループが解決していくことは、アミノ酸関連技術を持つ私たちの強みを活かした社会貢献であると同時に、本業を生かしたオーガニック成長を軌道に乗せる原動力だとも考えています。
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また、環境面においては、地域・地球との共生を目指して「気候変動への適応とその緩和」「資源循環型社会の実現」「サステナブル調達(*1)の実現」に重点的に取り組み、それぞれ目標と施策を定めて推進しています。
これらを達成するには、味の素グループだけでなく多様なステークホルダーと協業することが不可欠です。こうした考えのもと味の素グループは、①「食事(栄養)」「からだの健康」「こころの健康」の関係の明確化、②生活習慣病等に至る人びとの様々な食と生活習慣の類型化、③課題解決活動のエコシステム(*2)の確立、に力を注いでおり、現在は2つのエコシステム構築に取り組んでいます。
その1つ目は、アカデミアを中心としたエコシステムです。2020年4月、当社は弘前大学と、健康寿命延伸をテーマとする共同研究講座を開設しました。青森県弘前市が実施している「岩木健康増進プロジェクト」では、2005年から継続的に1,000人の住民の2,000~3,000項目にも及ぶ健康ビッグデータを取得しています。当社は共同研究を通じて、世界でも類を見ない健康ビッグデータの解析と当社の技術を組み合わせ、食事(栄養)と心身の健康の関連を分析し、健康寿命延伸につながる仮説の構築を試みます。
2つ目としては、健康課題解決のためのエコシステムを構築する予定です。2014年から地域協働で取り組み、成果を上げてきた「岩手・減塩プロジェクト」のように、自治体、メディア、流通とのコラボレーションによる実践の機会を増やして、分析・仮説構築と実践・検証のサイクルを回していきます。2020年7月には、当社の減塩技術を使って、うま味とだしを効かせた“おいしい・やさしい・あなたらしい減塩”をコンセプトとする取組み「Smart Salt(スマ塩)」プロジェクトを立ち上げました。日本だけでなく、ベトナムをはじめとする海外にも展開します。「岩手・減塩プロジェクト」でも明らかになったように、付加価値の高い減塩商品の販売増は単価向上にも貢献します。この過程では、味の素グループの長期的な成長が期待できると考えています。
これら2つのエコシステムの輪を連携・連関させ、志を共有できる多くの企業との協業によって大きく広げるとともに、対象エリアも世界に拡大していくことで、2030年までに10億人、さらにもっと多くの人の健康寿命延伸に貢献できると確信しています。
*1 サステナブル調達:環境や社会の持続性に配慮した原料・燃料の調達
*2 エコシステム:商品開発や事業活動で複数の企業・団体と連携すること
中期経営計画の進捗と振り返り
1.1年目の振り返り
2030年の目指す姿から現在を振り返って定めた「2020-2025中期経営計画」がスタートし、1年以上が経過しました。中期経営計画では、資本効率の改善とオーガニック成長への回帰を掲げ、ROIC(投下資本利益率)、オーガニック成長率(非連続成長の影響を除いた売上高成長率)、重点事業売上高比率、従業員エンゲージメントスコア、単価成長率(重量単価の伸長率、海外コンシューマー製品)の5つの財務・非財務の重点KPIを公表しています。これらのKPIに関しては、後述する様々な変革を加速し、2022年度の目標数値以上を目指していきます。2020年度実績と2021年度目標は次のとおりです。
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1年目を振り返ると、計画を上回るペースで進んでいることもあれば、課題が明らかになってきていることもあります。順調に進捗しているのは、事業の取捨選択および味の素グループビジョンの従業員との共有です。当社の2021年6月の指名委員会等設置会社への移行や、同年4月からのサステナビリティ諮問会議の設置という、経営の基盤となるコーポレートガバナンス体制、サステナビリティ推進体制の強化も実現されました。一方、デジタルトランスフォーメーション(DX)による全社オペレーション変革および事業モデル変革は、着実に手を打っていますが、実行と成果の刈り取りは2021年度以降になります。
2.デジタルの力による推進
中期経営計画を推進していく上で欠かせないのが、デジタルの力です。例えば、当社は収益に関するマネジメントポリシーを、短期PL経営からROIC(投下資本利益率)とオーガニック成長を重要視する経営へと変更しました。全ての業務がROIC改善に繋がっている道筋をROICツリーとして示し、デジタルの力で事業ごとのKPI実績をリアルタイムに測定・可視化できれば、それまで数字の集計・作表・分析に費やしていた時間を価値創造や課題解決のために充てられます。成果の見える化によりやりがいの向上も期待でき、生産性と従業員エンゲージメントの向上につながります。また、どこに課題の本質があるのか誰が見ても分かるようになると、知恵を結集して適切な対策を講じるまでのスピードが速まります。
現在、管理会計の標準化、運用指針の整備、全グループ会社に共通の事業管理手法としてオペレーショナル・エクセレンス(OE)(*3)の浸透等、社内実装を一歩一歩進めると同時に、デジタル人財の育成に注力しています。
*3 オペレーショナル・エクセレンス(OE):競争優位を生みだすために、個人とチームが共成長しながら顧客起点の問題解決と付加価値創出のために全てのオペレーションを徹底的に磨き上げるという考え方・手法に基づく継続的改善・改革活動
3.企業文化変革の推進
味の素グループは、中期経営計画と並行して企業文化の変革にも挑戦しています。変革には5つのポイントがあり、1つ目は、「ビジョンの一新」です。もっと社会に貢献する企業となるために、昨年、ビジョンを「アミノ酸のはたらきで食習慣や高齢化に伴う食と健康の課題を解決し、人びとのウェルネスを共創します」に改めました。2つ目は、「企業価値の再定義」です。人的資源の価値、社員の価値を高めることが、お客さまへ新しい価値を生み出し、それが結果的に経済価値に繋がる。そのサイクルこそが、企業価値なのだと再定義しました。
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3つ目は、「人財育成・開発と組織マネジメントの変革」です。人の力がなくては、新しい顧客価値を生み出すことはできません。顧客と一体となった課題解決を組織・個人の目標とし、従業員が顧客価値向上を通じて企業価値向上に貢献できる仕組みを新たに取り入れました。4つ目は、「収益に関するマネジメントポリシーの変革」です。これまでの短期利益積み上げ型の企業文化から脱却し、長期的な視点で投下資本効率とオーガニック成長を重要視する経営へと転換しました。5つ目は、「事業戦略をつくるプロセスの変革」です。2030年の目指す姿の実現に向けて、市場変化を設定した上で現在を振り返り、3年後・6年後の事業戦略を策定しています。また、一度計画を策定したら、そのまま3年我慢して進めるのではなく、より良いものに変えていくサイクルが大切です。実際に、2020年に作成した3カ年計画の修正を始めており、今後も毎年更新することとしました。
開拓者精神とサステナビリティ経営
1. 創業時のような開拓者精神を取り戻す
企業文化の変革に着手して1年あまり、創業時のような開拓者精神を取り戻すことが、味の素グループの重要な課題です。味の素グループは、2030年までの10億人の健康寿命延伸を掲げていますが、味の素グループ自体も企業としての健康寿命を延ばさなければなりません。新興企業に脅かされることなく成長を続けていくために必要なのが、前例踏襲主義を打ち破る、創業時のような開拓者精神を持つことです。
具体的な施策として、ベンチャーの力を味の素グループに取り入れるため、2020年度、社内起業家を掘り起こし育成を行うプログラム「A-STARTERS」をスタートしました。さらに国内外のベンチャーに投資を行うコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を設立、社外から専門性のある人財の登用等を行い、新たな協業を模索し始めています。世界的なフードテックベンチャーキャピタルのAgFunder Inc.が組成したファンドへの出資、日本のフードテックスタートアップのベースフード(株)との協業、植物肉の開発・生産・販売を手掛ける日本のDAIZ(株)との資本・業務提携等も進んでいます。これらの活動をスピードとスケールをもって手掛けることで、当社の研究開発、既存事業の「深化」と並走する新規分野の「探索(進化)」をともに前進させていきます。
2. 監督・執行の分離を明確化するためのガバナンス体制の改革
「開拓者精神」に伴うのは、健全なリスクテイクです。それを担う執行サイドの監督・支援機能をこれまで以上に強化するため、当社は2021年6月に指名委員会等設置会社へ移行しました。取締役会は、長期の企業価値向上の観点から経営重要事項の方向性を定め、アクセルとブレーキの両面から執行サイドを監督します。取締役会議長は社外取締役の岩田喜美枝氏が務めます。執行サイドは、取締役会から信任を受けた最高経営責任者(CEO)を中心に、取締役会から示された経営の方向性をスピーディーに具現化します。
また、従来は取締役と監査役合わせて14名(社外役員比率43%)でしたが、監査委員を含めた取締役11名の体制としました。今回、第一三共社の元CEOであり、グローバルなヘルスケア産業の経営を知る中山讓治氏が社外取締役に加わりました。これによって社外取締役が取締役の過半(社外役員比率55%)を占める構成になりました。取締役内部に設置した3委員会の委員長も社外取締役が担っています。同時に、それまで37名の執行役員を20名程度の執行役に減らすことで、役割のオーバーラップを減らし責任を明確化、同時に若返りを図りました。
加えて、2021年4月に取締役会の下部機構としてサステナビリティ諮問会議を新設しました。新興国、ミレニアル世代、ESGやインパクト投資、メディア(情報発信)という視点を持つ国内外の有識者が、2050年までの長い期間を視野に入れた様々な課題、方向性を取締役会に提言してくれることを期待しています。経営会議の下部機構として同じく本年4月に設置したサステナビリティ委員会で執行計画を立て、社会の持続性と味の素グループ自体の持続性をあわせて実行するサステナビリティ経営を強化していきます。
環境負荷50%削減への行程表とイノベーション
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環境負荷50%削減については、味の素グループの事業活動からの直接排出だけでなく、サプライチェーン全体での負荷低減が重要な課題です。特に、原料については、味の素グループの直接および間接に排出される温室効果ガス総量の半分を占めることからも、持続的な食料生産の観点から再生可能エネルギーの活用等による温室効果ガスの削減、フードロス削減等による食資源の保全、人権、自然環境保護に対する取組みを進めます。
プラスチック廃棄物については、味の素グループ全体で年間約7万トンのプラスチックを使用しています。このうち約3万トンは、既に再生利用可能な素材へ転換してきました。今後、すべて再生利用可能な素材に転換するとともに、回収・分別・再生のリサイクルシステムの社会実装に向け貢献していきます。いずれの課題についても味の素グループだけで達成することは困難であり、国、地域、社会、アカデミア、産業界との連携、協働とイノベーションが重要なポイントです。
イノベーションの一つとして、味の素グループと東京工業大学等との協業によるスタートアップであるつばめBHB社が、画期的な新触媒による世界初のオンサイト型アンモニア合成システムを手掛けています。アミノ酸の発酵生産には大量のアンモニアが副原料として必要ですが、従来の製法では大規模プラントでエネルギーを多量に使用するうえ、輸送・貯蔵にもエネルギーが必要です。この新技術により、工場内で小規模プラントによるアンモニアの内製が可能となり、コストとCO2を削減することができます。さらにアンモニアの原料を化石燃料から再生可能資源へ転換することにより、さらに環境負荷を低減した“グリーンアンモニア”の実現を目指しています。
2021年度に向けて
新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、経済、社会そして個人の生活や価値観にも深刻な影響を及ぼし、先行きは依然として不透明な状況にあります。このコロナ禍により世界全体がこれまで経験したことのない困難に直面している一方、環境への順応と新たな可能性を模索する、新しい生活・行動様式も生まれつつあります。サステナビリティの追求は、ゴールのない旅のようなものです。味の素グループは、ニューノーマルの環境においても、生活に役立つ情報や食の提案を通じて、お客様の日常に寄り添い、明るい未来を応援してまいります。
新型コロナウイルス感染症に関するリスクの認識
一部の国においてはワクチンの接種が進捗しているものの、現時点で新型コロナウイルス感染症の終息時期は依然見通せず、経済の先行きは不透明な状況にあります。このような中、当社は社員の健康、エンゲージメントを尊重しながら、重点事業への集中とDXの加速によって市場環境の変化を適切に捉えるとともに、構造改革と成長回帰に向けた取組みを引き続き進めて参ります。
業績への影響
当社は以下の前提で経営環境を見通しております。なお、文中の将来に関する事項は、当連結会計年度末現在において当社グループが判断したものです。
・当社グループが事業展開をしている各国において、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種完了に少なくとも約半年を要し影響が継続、下期から経済活動等が徐々に正常化へ。
・米国、欧州は収束方向。特に米国経済はいち早く回復の見通し。
・日本やアセアン主要国(除くベトナム)、ブラジルは一進一退の状況が続く。
・各国でワクチン接種完了後も人々の行動制限は続く。